『映画クレヨンしんちゃん オラたちの恐竜日記』が、8月9日(金)より全国で劇場公開中だ。本作で監督を務めているのは、佐々木忍。『バカうまっ!B級グルメサバイバル!!』、『もののけニンジャ珍風伝』では演出を担当し、今作が劇場版『クレヨンしんちゃん』の初監督作となる(一般的に演出は作品全体の管理を行い、最終決定は監督が担う)。
そして脚本を務めているのは、劇団「犬と串」主宰のモラル。TV版は何本か手がけているものの、彼もまた劇場版『クレヨンしんちゃん』は初参加となる。31作目となる『オラたちの恐竜日記』は、フレッシュな監督・脚本コンビによって作り上げられた。
子どものみならず大人も魅了してきた国民的アニメの最新作をレビューする。
※この記事には『映画クレヨンしんちゃん オラたちの恐竜日記』の結末に関する記載がありますので、未見の方はご注意ください。
『のび太の恐竜』+『ジュラシック・パーク』+『ゴジラ』
『ドラえもん のび太の恐竜』+『ジュラシック・パーク』+『ゴジラ』。『オラたちの恐竜日記』を観た者は、誰しもそんな感想を抱くことだろう。カスカベの河原で不思議な生物ナナと出会ったしんのすけは、父ひろしと母みさえに頼み込んで野原家で飼うことに。カスカベ防衛隊のトオル、ネネ、マサオ、ボーちゃんとも交流を深め、新しい家族としての絆が芽生えていた。やがて、ナナの正体がテーマパーク「ディノズアイランド」から逃げ出した恐竜であることが発覚し、その身柄をめぐって未曾有の事態が発生する‥‥。
しんのすけが恐竜を飼育するという設定は、ピー助と名づけたフタバスズキリュウの赤ん坊をのび太が育てる『ドラえもん のび太の恐竜』。本物の恐竜を展示する「ディノズアイランド」の設定は、脅威のCG技術で世界中を震撼させたスティーヴン・スピルバーグ監督の『ジュラシック・パーク』。そして、恐竜たちが我が物顔で東京の街を跋扈するシーンは、完全に『ゴジラ』だ。この映画には、古今東西の恐竜映画の記憶が忍ばせられている。昭和世代の大きいお友達には、たまらない展開だろう。
特に映画の終盤、恐竜たちが暴れ回るシークエンスは、怪獣パニック映画としての面白さに満ちている。もちろんクレしん的なユーモア感覚もインサートされているが、アクション・エンターテインメントとして破格のスケールと言っていいのではないか。ハリウッド映画であれば、『ゴーストバスターズ』や『アベンジャーズ』のように“ビッグ・アップル”ことニューヨークが戦いの舞台になるのだろうが、本作の最終決戦は東京・渋谷で繰り広げられる。細田守が『バケモノの子』でクライマックスの舞台を渋谷にしたように、この街は未知なるものと対峙するにふさわしい場所なのである。
思い起こせば、劇場版『クレヨンしんちゃん』では「崩壊するユートピア」という主題が繰り返し変奏されてきた。傑作の呼び声高い『嵐を呼ぶ モーレツ! オトナ帝国の逆襲』では、大人たちを昭和ノスタルジーの世界に封じ込める20世紀博。『嵐を呼ぶジャングル』では、パラダイスキングが無人島で創り上げた理想郷。『ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』では、父権主義の再興を企てる父ゆれ同盟。『謎メキ!花の天カス学園』では、ポイント制のエリート学園。
だがそのユートピアは、しんのすけが体現する汚れなきイノセンスによってメッキが剥がされ、醜悪な姿を晒し、音を立てて崩壊する。大人のよこしまな欲望を、子どもたちが阻止するのだ。『オラたちの恐竜日記』もまた、「崩壊するユートピア」の系譜に連なる作品といえる。だが今作が一味違うのは、ユートピアを創設した本人が、この場所が本当のユートピアではないことに、自覚的であったことだ。