Sep 16, 2023 column

ケネス・ブラナー版の新境地『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』鮮やかなる解体と再構築

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アガサ・クリスティーの解体と再構築

事件が起こるまでのストーリーをやや丁寧になぞったのは、この『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』という映画が、いかにアガサ・クリスティーの原作小説「ハロウィーン・パーティー」を独自のやり方で解体し、新たに再構築しているかをひとまず明らかにするためだ。

「ハロウィーン・パーティー」は、ロンドン郊外の町〈ウドリー・コモン〉にある屋敷で開かれたハロウィーン・パーティーの最中、13歳の少女が殺されたことから幕を開ける。リンゴと水の入ったバケツに少女の顔を突っ込み、残酷にも殺害した犯人の正体はいかに? 事件発生後、友人の作家オリヴァに呼び寄せられたポアロは、少女が殺される直前に「殺人を見た」と口にしていたことを知り、〈ウドリー・コモン〉で過去に起きた殺人事件を探りはじめる。

原作のポアロは、すでに起きてしまった事件を調べるために町の中を走り回る探偵だ。彼は分刻みのごとくタイトなスケジュールで人々に会い、この世を去った人や、町を離れた人についての話を聞く。そうやって集めた情報をもとに推論を組み立て、少女殺しの犯人に少しずつ迫っていくのである。その道のりはいささか遠回りで、しかも、過去に起こった事件の当事者たちは、ほとんどポアロの目の前ではなく、人々の証言の中に名前だけ現れることになる。

そのシンプルだがトリッキーな語り口は、「ハロウィーン・パーティー」がクリスティーにとって晩年の作品だったからかもしれない。この小説はクリスティーの長編小説66作中60番目、ポアロ33作中31番目の作品。ありとあらゆる語りを実践してきた、ミステリの達人による技巧が冴えわたった物語だ。

もっとも、ブラナーと『オリエント急行殺人事件』『ナイル殺人事件』に続いて登板した脚本家マイケル・グリーンは、ここに思わぬ脚色を施した。〈ウドリー・コモン〉における長い期間の物語を、ベネチアの屋敷で嵐の一夜に起こる出来事にぎゅっと圧縮したのだ。“嵐の屋敷”という密室は、言うなれば原作以上にクラシカルでオーソドックスなミステリの舞台。もちろん原作とは異なり、ポアロも痛ましい殺人事件に立ち会わざるをえない。

しかし、それ以上に野心的な脚色は、原作では過去の事件で死んでいたり、または姿を消していたりした人々が、実際にポアロと観客の前に現れることだ。本作の登場人物には、原作において“名前しか登場しない人々”から名前と設定を借りたキャラクターが数名含まれているのである。つまりこの映画は、原作を圧縮し、その本質を掴み取るべく、原作小説の“幽霊たち”を呼び出したのだ。そのうえで降霊会の殺人事件を描くのだから、いささか大胆でメタな構造というほかない。しかも、呼び出された彼らが原作と同じ結末を迎えるとも限らない、きわめて原作ファン泣かせの翻案だ。

『名探偵ポアロ:ベネチアの亡霊』は、かくして原作をバラバラに解体し、その骨格を残す形で物語を再構築した。その鮮やかさたるや、さすが『LOGAN/ローガン』(2017年)や『ブレードランナー 2049』(2017年)なども手がけたグリーンの手腕と言うべきだろう。ちなみにグリーンは、原作のモチーフを映画のあちこちに周到に埋め込んでもいる。リンゴ、バケツ、水、「殺人を見た」という言葉、キスをする若い男女、隠された庭、背中に刺さったナイフ、遺言補足書‥‥原作の愛読者ほど混乱し、ときにはニヤリとするにちがいない。