03. 映画ライターが選ぶ2022年おすすめ映画
『MEMORIA メモリア』:タイを代表するアート系映画監督による摩訶不思議物語
アピチャッポン・ウィーラセタクン。アピチャッポン・ウィーラセタクン。映画監督だと、アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥと並んで思わず口に出してみたくなる名前、アピチャッポン・ウィーラセタクン。
2002年に発表した『ブリスフリー・ユアーズ』が、カンヌ国際映画祭「ある視点部門」でグランプリを受賞。2010年に発表した『ブンミおじさんの森』では、カンヌ最高賞となるパルム・ドールを受賞。間違いなく彼は、タイを代表する映画監督の一人である。いや、映画製作と並行して写真やインスタレーションといったアート作品を数多く世に送り出しているアピチャッポンは、真の意味で“アーティスト”と呼ぶべきかもしれない。彼は鑑賞者の知覚の奥深くに入り込んで、あらゆる器官を刺激し、想像力を掻き立てる。
そして今年の3月4日に公開された『MEMORIA メモリア』は、タイを飛び出してコロンビアで撮影した初の外国映画。自分にしか聞こえない謎の爆発音に悩まされるジェシカ(ティルダ・スウィントン)が、ボゴタからある小さな町へと旅をして、やがて辿り着いた川のほとりで不思議な体験をするという物語だ(自分でも書いていて何のこっちゃ分からないのだが、そういう話なのだから仕方がない)。
摩訶不思議なストーリーのきっかけとなったのは、アピチャッポン自身が頭内爆発音症候群を患ったこと。彼はその経験を基に、過去と未来、夢と現実、”こちら側”と”あちら側”の境界線が溶解するような、哲学系アニミズムSFとでもいうべき映画を創り上げた。感覚を研ぎ澄ませ。この映画には、太古からの地球の歴史を紐解くような、大地に刻まれた記憶を呼び起こすかのような、センス・オブ・ワンダーに満ちている。
注目すべきは、主演を務めているのがティルダ・スウィントンということだろう。今でこそMCU『ドクター・ストレンジ』などエンタメ映画にも数多く出演しているが、元々はデレク・ジャーマンに見初められて『カラヴァッジオ』で映画デビューを果たした、バリバリのアート系。アピチャッポンとは、タイの映画祭で共同キュレーター務めるなど十数年に渡る親交を結んでいたが、今作が満を辞しての初コラボレーション。その透明な存在感は、コロンビアの原生的な風景の中に慎ましく溶け込んでいる。
とにかくまだ未見の方は、アピチャッポン・ウィーラセタクンが紡ぐヴィジョンに身を浸して、あらゆる意識を解放し、目一杯に体感してほしい。難しいことは何もない。あるのは、驚きだけだ。この『MEMORIA メモリア』に最も近い作品は、スティーブン・スピルバーグの『未知との遭遇』だと筆者は思っている。その理由は、実際に映画を鑑賞して確かめてほしい。
文/竹島ルイ
監督:アピチャッポン・ウィーラセタクン
出演:ティルダ・スウィントン、エルキン・ディアス、ジャンヌ・バリバール、フアン・パブロ・ウレゴ
配給:ファインフィルムズ
©Kick the Machine Films, Burning, Anna Sanders Films, Match Factory Productions, ZDF-Arte and Piano, 2021
公式サイト finefilms.co.jp/memoria
配信サイト Amazon Prime Video/U-NEXT