03. 音楽評論家が選んだ2022年おすすめ映画
『ザ・ユナイテッド・ステイツvs.ビリー・ホリデイ』:歌うことで国と戦った黒人シンガーの強さと弱さ
原題は、「アメリカ合衆国・対・ビリー・ホリデイ」という意味で、文字通り不世出のシンガー、ビリー・ホリデイ(1915-1959)とアメリカ合衆国の対決の物語だ。これは書籍などである程度は知られているが、それにしてもこうして映像化されると圧巻だ。1940年代から1950年代にかけて黒人の人権もなにもあったものではない。
本作を監督しているリー・ダニエルズ(1959- )はそうした人種問題などについて自身の映画の中で存分に表現する。
ここでは、ビリーの「ストレンジ・フルーツ(奇妙な果実)」という曲が、公民権運動、人種問題を煽るということで当局から目を付けられ、様々な嫌がらせ、活動が妨害をされるが、ビリーはそれに決して負けないという不屈の精神を見せる。しかし、そんな彼女も、ドラッグ中毒からはなかなか抜け出せず、最終的にはそのドラッグにやられてしまう。
「ストレンジ・フルーツ」は、白人にリンチされ殺された黒人の死体を木につるしたもので、それが遠くから見ると「奇妙な果実」のように見えるため、このタイトルの曲が生まれた。1939年ビリーがこれを録音し、彼女の持ち歌として人気となった。だが、黒人が木につるされるという悲惨な内容からFBIはその黒人たちの反応に神経質になり、ビリーにこれを歌わないよう直言するが、ビリーは言うことを聞かない。そこで当局はどんどんとビリーをいじめていく。
なんといっても、本作での圧巻は、ビリー・ホリデイ役のアンドラ・デイ(1984- )の熱演ぶりだ。歌もすばらしいが、演技も本当にすばらしい。ドラッグにやられていくビリーを見事に演じている。アカデミー賞でも、なんと「主演女優賞」にノミネートされたほど。残念ながら受賞はならなかったが、ノミネートは納得だった。
たったひとりのシンガー、一個人がアメリカという巨大な国と闘うところに、その不屈の精神の原点はいったいどこにあるのだろうと思わずにはいられない。国相手には負けないが、ドラッグには負けてしまう。この不条理をダニエルズ監督は、淡々と描く。
アメリカという国、権威、権力がたったひとりの黒人を標的に痛めつけるのを見ると、マイケル・ジャクソンに個人的恨みを持ったのか、狙い撃ちしたトム・スネドンという白人検察官を思い出す。ちょっと反逆心を持つ黒人、目立つ黒人を狙い撃ちする白人という構図は、100年前から今でも変わらないということになる。
ビリー・ホリデイは「力強く、美しく、そして、ブラックである」。だから、彼女からは何も奪えない。少し後の世代に登場するニーナ・シモーン(1933-2003)が、「ヤング、ギフテッド、アンド・ブラック」(若く、才能がある、黒人)」を歌い、アリーサ・フランクリン(1942-2018)がそれをカヴァーし、若きブラックたちの賛歌となった。それはまさにビリーの不屈の精神が後世に見事に受け継がれたことを意味する。ビリー・ホリデイは、アンドラ・デイも言うように、まさに「ゴッド・マザー・オブ公民権運動」だ。アメリカには不屈だったが、ドラッグの前に若くして命を落とす。なんとも言えない哀しみが覆う。
文/吉岡正晴
監督:リー・ダニエルズ
出演:アンドラ・デイ, トレヴァンテ・ローズ, ギャレット・ヘドランド
配給:ギャガ
© 2021 BILLIE HOLIDAY FILMS, LLC.
公式サイト gaga.ne.jp/billie
配信サイト Amazon Prime Video/U-NEXT