そしてもう1作。『クボ』のようなストップモーションアニメではなく、「画を動かす」ということを突き詰めた大作も公開がされた。
11月3日から公開が始まった『ゴッホ ~最期の手紙~』。 とにかく公式サイトでも見られる予告編を見て欲しい。
実は最初にこの映像を見たとき、僕はてっきり、実写撮影した映像を「デジタル処理でゴッホ調のCGに置き換えてる」のだとばかり思っていた。そういう変換が出来るソフトを開発し、それで作ったのだろうと。 しかし違った。たまたまTV番組で制作風景の紹介を見て、「ええ?!」と声が出てしまった。本当にゴッホ調の油絵を描き動かしているのだ。まず俳優を使い実写で撮影し、その映像を元に世界中から集まった120名をこえる画家によってゴッホ調の油絵を描き、それで96分の長編アニメーションを作っている。キャンバスはTV画面なら42インチ以上はあるけっこう大きな物。1秒の映像を作るのに12枚の画を使ったそうだが、その枚数なんと6万枚以上(!)。
カットによっては背景と人物は別の画で描き、動く人物部分のみをデジタル処理で背景の上にはめ込んでいるが(この方法なら描くのは主に人物のみでいい)、画面全てが動くカットなどはもはや1コマ1コマがゴッホの画そのものが動いているかのようで、鑑賞中はひたすらため息が漏れる。 油絵で表現されたキャストもゴッホが描き残した彼らの肖像画を元にした画で登場する(描かれている)ので、まるで動くゴッホの肖像画集のようだ。随所にそうした「ゴッホ作品の反映」がある。 そして、ゴッホの死について追っていくことになるというミステリー調の展開も魅力的だ。 僕は美術方面に明るくないため、ゴッホの死はずっと自殺だと思っていたのだが、それは定説ではあるのだがあくまで「有力とされている説」でしかないそうだ。様々な証言者から語られる話は人によってまちまちで、まるで芥川龍之介の『藪の中』を思い出させる。 短い人生、そしてわずか数年の画家人生の期間で、後年は精神を病んでいたことでも有名なゴッホだが、彼がどのような晩年を過ごしていたのかをそれらが浮き彫りにしていき、そこからゴッホという作家の最後を描き出していく。ゴッホに詳しくなくともわかる物語ではあるが、見る前にゴッホの人生について記しているサイトなどで、ざっくりとした知識を得ておくとよりわかりやすいと思う。
「ゴッホの人生を描くのにはゴッホの画で描くのが必要だ。だからゴッホ調の油絵でアニメーションにしましょう」というのは、思いつきとしてはわかる。だが同時にどれだけの膨大な手間がかかるのかを考えれば、その実現は作り手の狂気のようだ。 画を描くこと、映像作品を作り上げること、そこにはどうしたって狂気がある。画や映像だけではなく、音楽もマンガも、世のクリエイティブと言われる物は全てそうだ。その狂気が大きいか小さいか。飲まれるのか、コントロール下に置けるのか。その差でしかない。 人によっては「観客にとって“どのように作られたのか?”は関係の無い話だ」と言う人もいるだろう。しかし、どのように作られたのか?を知ることで、その作品が内包する狂気そのものを知り、描こうとしている狂気を伝えてくるものもある。『ゴッホ』はまさにそういう作品だ。