Sep 01, 2017 column

映画『きみの声をとどけたい』、言霊に宿るまっすぐな言葉が心に沁みる良作

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前記のように、そして予告からもわかるように、派手さがある作品ではない。しかし僕だけでなく、見た人の評判は悪くないようだ。劇場でも上映後の客席の反応を眺めていると、好印象をもって席を立つ人が多いと感じた。

ネットの反応を見ても僕同様に「まっすぐな作品だった」という感想を書いている人がなんとも多い。ここまで多くの人が“まっすぐさ”を感じるというのはすごい。いかにブレもなければ誤読もさせない見せ方だったかということの証だ。

そしてもうひとつ、映画を見ているとき、僕はかつて放送されていたTVアニメ『おジャ魔女どれみ』シリーズを思い出していた。あの作品にあった心地よさに似たものを感じたのだが、伊藤尚往監督のフィルモグラフィーに『おジャ魔女どれみ』シリーズの演出があったことを知り、合点がいったような不思議な気分になった。 もちろんこの作品には魔法も出てこないし不思議なことも起こらない。(あ、ちょっとだけ起こるか) 個性的なキャラクターたちの描き分け、それぞれの引き立たせ方のうまさに『どれみ』似たものがあると思った。自分がその舞台のその輪の中に入り、キャラクターたちに正面から話しかけられているような、そんな気分だ。

メインキャストが新人声優ユニット「NOW ON AIR」によるものであることも大きく作用しているのだろう。「NOW ON AIR」は、東北新社とCSファミリー劇場による新世代声優の発掘と育成を目的とした「キミコエプロジェクト」のオーディション合格者6名で結成されたユニット。登場人物らの声から感じられる初々しさは新人である彼女たちだからこそ表現できる。キャリアを重ねれば上手くはなる。しかしそのときに、どうしたって初々しさというものを自然体で再現することはもう不可能だ。劇中曲の歌唱も「NOW ON AIR」によるものだが、この作品の“声”にまつわる全ての要素が彼女たちありきで実現している。

そのキャラクターたちのデザイン原案は、朝ドラ『あまちゃん』放送時に連日SNSに投稿されたファンアートが話題となった、漫画家・イラストレーターである青木俊直によるもの。 「映像的にも物語的にも派手なことは起こらない」「実際にモデルがある場所が舞台」ということで、こういう作品には「なぜにアニメ?実写でもいいのでは?」という反応が出るのが常だが、見ていると「青木俊直によるこのかわいらしいキャラクターでこの物語を描くということ自体が、この作品がアニメである(アニメという手段で作られた)理由そのもの」だと思った。当たり前だが、実写では青木俊直のこのキャラクターは再現できない。

そういえば「実際にモデルがある場所が舞台」と書いたが、全てがそうなわけではない。現実に存在する場所もあるし、この作品で創作した場所もある。美術は橋本和幸によるもの。とかく夏の湘南というとステレオタイプなイメージで描かれるが、今作では夏の空気をまとった湘南の街並みが地元に住む人の目線で描かれている。多くのアニメ・実写作品で舞台となってきた地だが、その目線はとても新鮮だ。

今年は全国的にどうにもこうにもスッキリしない天候が続いた夏だったが、映画館の画面を見ていてそんなことが吹き飛んだ。映画の舞台になったあの夏のあの場所に、自分もいたような気すらしてきた。エンドクレジットが流れ始めたとき、終わることをさみしく感じる映画に久々に出会った。その中で、もっと多くの人に見られればいいなあと思ったのだ。 夏の大作・話題作の中にあって、本作は目立つ作品だとは言いがたいだろう。しかしこうも何かを感じた作品に出会ったのであれば、受け手がやれることは文章や言葉で伝えることしかない。先に書いたナレーターさんの言葉をはじめ、僕がこの稼業の中で、そしてネットも含めた多くの人たちとの中で学んできた“言葉”の最大の役割はそれなのだ。

文 / 岡野勇(オタク放送作家)