Jan 17, 2017 column

映画は世界を映す鏡か?『ズートピア』と『帰ってきたヒトラー』が示した現実

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年末から今の時期にかけては2016年の代表作やベスト作品を挙げる映画賞が多く行われ、ファンの間でもアレが良かったコレが良かったと話題になる。が、ベストとはちょっと視点を変え、「2016年を象徴していたと思う映画」2本について書いておきたい。 (他にも象徴していた作品はあると思うが、わかりやすさもありこの2本を選んだ)

まず、日本では6月に公開された実写映画『帰ってきたヒトラー』。 現代のドイツにヒトラーがタイムスリップで現れたという内容で、ブラックコメディ調の作品である。彼を「ヒトラーの物まねをする変な人」だと思い笑ってそれを受け入れている市民たち。しかしメディアを利用し、巧みな話術や人心掌握で次第に人々は彼の不満や憎悪をすくい取った言葉に惹かれていき、やがて思わぬことになっていく。この作品が巧いのは、ヒトラーを狂人じみた人物とはせず、頭の良い人物として描いているところだ。肯定をしているのでは無い。過小評価をする危険をわかっているのだ。そういう部分がこの作品が描く怖さに繋がっている。 作中で一人の老婆が、かつてヒトラーが台頭してきたときのことをこう語る。

「みんな、はじめは笑っていた」。

この一言のセリフがこの作品を表している。この映画を見た人たちも最初は笑っている。 原作は2012年に発表された小説であるが、映画ならではの見所は多い。中でも衝撃的なのはヒトラーが街にくりだし、市民らと話をするシーンだ。この部分はフィクションではなく、ヒトラー役のオリヴァー・マスッチが映画撮影と明かさず、衣装のまま街を歩くリアリティで撮影されている。人々の反応は現実の物だ。一体どのような反応が巻き起こったのかはぜひ映画をご覧いただきたい。ドイツが抱える、主に移民への憎悪と差別意識。この場面こそがこの映画が浮き彫りにしている現実の最大の恐怖だ。 本国ドイツでは15年の公開だったが、日本ではちょうど公開直前頃からイギリスのEU離脱を巡る騒動が連日ニュースになっており、そういう中でのこの映画が描き出す憎悪の蔓延は強烈なライブ感すらあった。この映画そのものが2016年の世界の象徴だった。

一方で、そのように世界に広がった憎悪の蔓延に対し、映画でカウンターを示した作品もあった。日本では16年4月に公開されたディズニーのCGアニメーション映画『ズートピア』だ。

傑作であった『シュガー・ラッシュ』のリッチ・ムーアと『ボルト』のバイロン・ハワードの共同監督作品というだけでも期待であったのだが、想像以上だった。 動物たちが暮らす大都会ズートピア。田舎からやってきたウサギのジュディは小動物であるウサギの女子でありながら夢であった警察官となる。割り振られる仕事は華々しいものではないが、そんな彼女はある小さな事件を追って行く中で、ニックという詐欺師のキツネに出会い…というのが物語の入口だ。本筋はミステリーなので多くは語るまい。 「女子でありながら」と書いたのは、この作品世界において小動物であること・女であることの2つは誰もが全く警官には向いていないと思っている条件だ。ジュディは最初から偏見や嘗められた位置からスタートしている。一方、ニックはこの作品世界において「ズルくて悪い奴ばかりの信用が出来ない種族」として蔑視されているキツネである。この作品では性別・個性・種族。あらゆることへの差別や偏見が根底にあり、それが大きなテーマとなっている。

公開時には「夢をあきらめない」という部分を中心にした宣伝がされ、たしかにそれも軸ではあるのだが、見る側に投げかけてくる深いテーマは子供よりも大人のほうが衝撃を受ける。現実の差別や偏見に対する問題への、とてつもなく上手い比喩とメッセージ。シリアスなテーマを、キャラクターを動物にすることで世界中の誰もがわかるものにしているのは、アニメーションで作られている大きな意味であり強みだ。 こう書くと重たい作品であるかのような印象だが、バディムービーとしての面白さ。世界観をうまく使ったミステリーとしての面白さ。ディズニーらしい娯楽性の高さは、エンタテインメント映画として一級品だ。ディズニーアニメゆえに大人の中には公開時に興味を向けなかった人もいるかもしれないが、誰もが楽しめる。

『帰ってきたヒトラー』は奇抜なアイデアのフィクションに見えるが、描いていることはあまりにも現実的だった。ヨーロッパで噴出した移民への不満や排外主義。さらに同時期に進行していたアメリカ大統領選挙活動では、差別、偏見、自分と異なる者への断絶、そして他者への憎悪を巻き散らかす人物が台頭した。彼の登場も「みんな、はじめは笑っていた」が、その彼は大統領に選ばれ、この1月に就任する。 映画は時代を映すと言われるが、潜在する危機への予兆も描いている。 こうしたことは他国だけの話だろうか?僕らの国では起こらない確証なんてどこにも無い。何かが出てきても「みんな、はじめは笑っている」のだから、気づいていないだけかもしれない。 一方、そんな現実に『ズートピア』は「NO」を訴えた。日本も含め世界各地でヘイトスピーチやヘイトクライムが増加してきた近年だからこそ登場した作品だ。アメリカのみでなく、今の世界が登場を望んだ作品だろう。

2017年以降、『帰ってきたヒトラー』と『ズートピア』、どちらの映画の現実に進むのかは、僕ら自身にかかっている。

文 / 岡野勇(オタク放送作家)

関連書籍はこちら

「帰ってきたヒトラー 上」(ティムール・ヴェルメシュ (著), 森内薫 (訳) / 河出書房新社)

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