Mar 25, 2022 column

『ナイトメア・アリー』でも描かれた ギレルモ・デル・トロによる“怪物”の創り方

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怪物の作り方

『ナイトメア・アリー』では、迷路に迷い込んでいくようなプロダクション・デザインが際立っている。ファンハウスの円形オブジェ、リリスのオフィスの広さ、広角で捉えられた長い廊下のデザイン。それらはデル・トロの他の映画と同じように登場人物と同じレベルで物語を語っている。

デル・トロ映画におけるセットのデザイン、その配置は、墓から掘り起こされた死体をつなぎ合わせるフランケンシュタイン博士の手つきのように、様々な伝統の縫い合わせとして披露される。カーニバルのテントは、19世紀から家業としてテントを制作している会社に特注して制作されたのだという。一台のカメラで撮ることにこだわる撮影スタイルと同じように、デル・トロのスタイルはどこまでも創意工夫の手作り感に溢れている。敢えて広角で撮られたリリスのオフィスや、廊下でさえも「路地=アリー」であることに気付かされる。これらはスタントンという怪物が創造されていくプロセスと密接に響き合っている。スタントンは何度も道に迷い続ける。この「逃亡者」が廊下=路地を走り抜け、血染めの手形を壁に刻印していくとき、悪夢の深刻さは増大していく。

『ナイトメア・アリー』でも描かれた  ギレルモ・デル・トロによる“怪物”の創り方

混沌と秩序の法則。デル・トロはアルフレッド・ヒッチコックに関する著作本の中で、混沌と秩序は相互補助の関係にあると記している。どちらかが欠けると不健康な状態に陥ってしまうのだという。「長く続いた秩序は必然的に混沌を招き、混沌は必然的に獲得される。混沌はやがて怪しく予測可能な特徴を獲得し、やがて一種の秩序に至っていく」(出典:Guillermo Del Toro著『Hitchcock』)

この言葉は、そのまま『ナイトメア・アリー』に当て嵌まる。恐怖と憧れ、真実と虚飾、そして人々の悲劇を喜劇のようにエンターテイメント化してしまう読心術師の矛盾。この混沌の中で、スタントンは自分が何者なのかを証明するためにもがき続ける。スタントンは人生を演じきることを選択したが、虚飾を真実へと反転させるその試みによって、自分を失っていく。スタントンの選択した人生の歩みに、『ヘルボーイ』(04)のナレーションをふと思い出す。

「人格や個性は何で決まる?かつて友人は自問した。出生や育った環境なのか?いや、何を選択するかで決まるんだ。出生や環境ではなく、人生をどう生きるかで‥‥」

混沌とした『ナイトメア・アリー』にも秩序は訪れる。それはスタントンが潜った円形オブジェや、カーニバルの観覧車のように円環を閉じる。一枚一枚マスクを剥がされていったスタントンの裸の姿。それはかつてのスタントンが恐れ、魅了されたものによく似ていた。本作の崇高なまでの恐怖と美しさは、マスクを外されたスタントンの生身の姿が、デル・トロの映画制作への覚悟そのものを表していることだ。私たちは死者よりも生者を恐れなければならない。マスクを外す覚悟はあるのか?デル・トロの自問が胸を打つ。

文 / 宮代大嗣

作品情報
『ナイトメア・アリー』でも描かれた  ギレルモ・デル・トロによる“怪物”の創り方
映画『ナイトメア・アリー』

野心溢れる青年スタンがたどり着いたのは、人間とも獣ともつかない生き物を出し物にする、華やかさと怪しさに満ちたカーニバルの世界。スタンは読心術を身につけ、ショービジネスの世界をその才能と魅力と共に駆け上がっていくが、その先には予想もつかない栄光と闇が待ち受けていた。『シェイプ・オブ・ウォーター』でアカデミー賞を席巻したギレルモ・デル・トロ監督が贈る、全世界待望のサスペンス・スリラー大作。

監督:ギレルモ・デル・トロ

出演:ブラッドリー・クーパー、ケイト・ブランシェット、トニ・コレット、ウィレム・デフォー、リチャード・ジェンキンス、ルーニー・マーラ、ロン・パールマン、デヴィッド・ストラザーンほか

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

©2021 20th Century Studios. All rights reserved.

公開中

公式サイト searchlightpictures.jp/movie/nightmare_alley.