Mar 25, 2022 column

『ナイトメア・アリー』でも描かれた ギレルモ・デル・トロによる“怪物”の創り方

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演技の敗北

スタントンはリリス(ケイト・ブランシェット)との画策により、富豪のグリンドル氏と接触する。疑い深いグリンドル氏は、スタントンを噓発見器にかける。このスリリングなシーンが秀逸なのは、嘘発見器にかけられ、追い詰められたスタントンが「演技」を獲得することによって、落ち着きを取り戻していくところだ。ウソは「演技」によって真実へと反転してしまう。恐怖は「演技」によって克服される。見世物小屋の光景に恐怖を覚えつつ、少年のように瞳を輝かせていたスタントンの行動原理、その感情的なルーツが、このシーンに剥き出しになっている。スタントンにとって「演技」とは、完全犯罪を遂行させるための「マスク」に他ならない。デル・トロは、虚飾に彩られ怪物化していくスタントンの「マスク」を一枚一枚剝がしていく。

「脚本にはこう書かれている。“すべての作為が消え、スタントンの顔に留まり、最後に彼が一人になるまであらゆるマスクを外すのを見る”」―ギレルモ・デル・トロ 出典:Vanity Fair [Guillermo del Toro Has Been Waiting His Whole Career to Make Nightmare Alley]

オフィスでスタントンとリリスが顔を向かい合わせるショットは、スタントンの内に秘めた恐怖の輪郭を浮かび上がらせる。リリスは至近距離に顔を近づけることでスタントンの「マスク」を一枚一枚剥いでいく。リリスの最大の興味は、スタントンの恐怖の輪郭を露出させることなのだろう。

ハリウッド・クラシックな装いと輪郭を放つ、圧倒的なケイト・ブランシェット。トッド・ヘインズによる、あの美しい映画『キャロル』(15)のルーニー・マーラとの「再会」は、本作の大きな見所となっている。さらにデル・トロの映画を象徴する不気味なほど美しい雪の中で、モリー(ルーニー・マーラ)は一世一代の「演舞」を披露する。ブランシェットのエレガンスは、この作品の後半を完全に支配している。リリスは、スタントンより一枚も二枚も役者が上なのだ。「演技」に魅せられたスタントンは、しかし、「演技」によって敗北する。