ヒットの方程式を覆した「半沢直樹」
元銀行マンというキャリアを活かした経済小説を数多く執筆する池井戸潤とTBSの看板ディレクターである福澤監督とのタッグ歴は、2013年に放映されたドラマ「半沢直樹」から始まった。それまでも福澤監督は財閥系企業を題材にした「華麗なる一族」(TBS系)などのヒットドラマを放っていたが、新たな路線を模索していた。スケジュールを押さえることが難しい人気キャストたちをブッキングし、女性視聴者を取り込むべく恋愛要素を盛り込み、主題歌は有名アーティストとのタイアップ……という従来のヒットドラマの方程式では、視聴率が伸び悩むように近年のテレビドラマ界はなっていた。ドラマ界の定石に従ったドラマづくりを、視聴者たちは飽きていることを福澤監督は感じていたという。
「視聴率は取らなくてもいい。自分が面白いと思ったドラマをつくろう」。以前、筆者がインタビューした際にそう決心したことを語ってくれた福澤監督が訪ねた相手が、中小企業で働く人々の哀歓を描いた「下町ロケット」で2011年に直木賞を受賞した池井戸潤だった。面会を前に、福澤監督は池井戸作品をすべて読破した。金融の世界を舞台にした小説「オレたちバブル入行組」「オレたち花のバブル組」は、およそ従来のテレビドラマ向きの内容ではなかったものの、半沢直樹が頭取になるまで追った長い長い大河ドラマとして「半沢直樹」シリーズをドラマ化したいと福澤監督は要望した。
1963年生まれの池井戸潤、1964年生まれの福澤克雄、共に慶應義塾大学出身。身長190cmという体格を誇る福澤監督は、大学ラグビーで慶應大が日本一に輝いたときの主力選手であり、社会人王者のトヨタ自動車を下した「ラグビー日本選手権」を池井戸は国立競技場で応援していたという。熱い心を宿した慶應出身コンビが、ここに誕生した。まずはしっかりした企画ありき、そして演技力重視のキャスティング。恋愛要素や主題歌はなし。慶應大体育会系剣道部出身の銀行員を主人公にした「半沢直樹」はオンエア前の予想を覆し、最終話は42.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)という驚異的な視聴率を記録した。
決め台詞「倍返しだ!」が流行語にもなった「半沢直樹」の大ヒットによって、池井戸作品は次々とテレビドラマ化された。2014年には杏が銀行の検査部員を演じた「花咲舞が黙ってない」(日本テレビ系)がヒットし、第2シリーズが翌年に放映された。東山紀之と吉田鋼太郎が共演したNHK版「七つの会議」、遠藤憲一と菅田将暉が親子を演じた政界コメディ「民王」(テレビ朝日系)、ホームセキュリティーを題材にした相葉雅紀主演の月9ドラマ「ようこそ、わが家へ」(フジテレビ系)と、池井戸作品がテレビドラマ界を席巻することになった。大手自動車メーカーのリコール隠しを主題にした問題作「空飛ぶタイヤ」は、仲村トオル主演作がWOWOWで2009年にドラマ化、長瀬智也主演映画として2018年に劇場公開され、どちらも高い評価を得ている。