2023年11月、水木しげる生誕100周年記念作品として、初めて語られる鬼太郎の父たちの物語を描いた映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』が公開され、大きな話題を呼んだ。
子どもから大人まで妖怪や怪奇な現象に怯えながら、一度は友達になりたいと願った鬼太郎とその仲間たち。55年にわたって愛されてきた国民的アニメ「ゲゲゲの鬼太郎」の劇場版11作目は、前作を遥かに超える興行収入27.9億円、総動員数194万人(2024年8月6日時点)と多くの観客を魅了した。
劇場版シリーズの中でも異例の大ヒット作となった本作。舞台は終戦から立ち直り始めた昭和31年の因習が残る村。そこで、かつての目玉おやじである鬼太郎の父と水木との出会い、彼らが立ち向かった運命、その切なさ、さらにバトルシーンの迫力などが大きな話題となり、2024年には第47回日本アカデミー賞優秀アニメーション作品賞を受賞。そして6月にはフランスのアヌシー国際アニメーション映画祭コントルシャン部門に選出されるなど、鬼太郎の父たちの物語は世界へ広がっている。
その物語が、2023年公開バージョンから327カットのリテイク、音も再ダビングした映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎 真生版』として、10月4日に全国の劇場で再上映された。
大ヒットの要因とは何か?
再編集版とはいえ、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』のストーリーの本筋、その魅力は変わることはない。詳しくは以前掲載したコラムを参照していただくことにして、ここではまず、本作が再上映に至るまでの大ヒットの要因を補足したい。
もちろん、鬼太郎が子どもからシニアまで幅広い層に十分な認知度があるキャラクターであることは、ひとつの要因であることは間違いない。しかし、それだけでは異例の大ヒットに繋がらなかっただろう。
株式会社サンライズ社の分析コラムによれば、「いま昭和という時代に注目が集まっている」こと、そして「女性ファンが積極的にSNSで拡散した」こと。「内容を大人向けに振り切った」ことで老若男女を問わず集客することができたと推測している。
確かにXで「ゲ謎」と検索すれば、口コミやファンアートがたくさん見つかる。その多くは女性アカウントによるもので、かつての目玉おやじことゲゲ郎と水木のバディ感、容赦のないハードなストーリー展開が、いわゆる腐女子と呼ばれる彼女たちの二次創作意欲をくすぐり、拡散されたことで、潜在的ファン層を掘り起こしたともいえるだろう。
こうして拡散された高評価による影響は、映画のヒットだけに止まらなかった。2024年8月10日〜11日にBunkamuraオーチャードホールで開催された「『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』のシネマ・コンサート」は即日完売。11月9〜10日には追加公演、11月30日に大阪公演が決定している。
さらに、映画とコラボしたリアル脱出ゲーム「哭倉村に渦巻く怨念からの脱出」が全国4都市で催され、「鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎 ~追憶展~」という展覧会も全国各地のPARCOにて開催された。「ゲ謎」は劇場アニメだけに止まらずイベントとしてもいまだ盛況だ。
真生版では何が変わったか?
大人向けに振り切ったといえば、2023年公開版は[PG-12]であった。今回の真生版は[R-15+]となり区分が変更となった。
映倫による指定理由をみると、2023年公開版は「簡潔な殺傷・出血の描写がみられるが、親又は保護者の助言・指導があれば、12歳未満の年少者も観覧できます。」とあり、真生版は「刺激の強い殺傷・流血の描写がみられ、標記区分に指定します。」とある。
リテイクカットの中には、絵コンテで当初想定されていた恐怖演出を復活させたカットも含まれているそうで、昨年公開されたものから血しぶきと恐ろしさが増したと言われている。
しかしながら、本作の監督を務めた古賀豪は「R15+区分ということでご心配なさる方もいらっしゃるかもしれませんが、お約束します、『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎 真生版』はレイティングにかかわる部分はもちろんなのですが、むしろ映像自体のブラッシュアップに力を入れています。“恐ろしさ”というより、“妖しい美しさ”が増している事でより深く物語に陶酔し、感動していただけることでしょう」と真生版の公開に自信を見せている。
正直、鑑賞後「真生版ではあのシーンがこう変わった」と事細かに指摘することは難しいと思う。だが古賀監督の言うように、物語に深く入り込むことができるように感じた。残酷描写を際立たせることで、凄惨な運命を、人間の悲哀を、そして美しさをより感じることができるだろう。
作中には「見えないものが見える」というセリフが何度も出てくる。真生版は、見えないものを感じるため、無意識に対してのブラッシュアップを重ねたアニメである。また戦時中の回想を印象に残すことによって、原作者・水木しげる氏への深いリスペクトを感じさせるとともに、人間の愚かさ、戦争反対を叫ぶ語り部としての覚悟を再び我々に問われているように思う。
話題となってからAmazonプライム・ビデオやNetflixなど動画配信やレンタルで観た方もいるだろう。見えない何かを体感するために、劇場での鑑賞をおすすめする。
文 / 小倉靖史
廃墟となっているかつての哭倉村に足を踏み入れた鬼太郎と目玉おやじ。目玉おやじは、70年前にこの村で起こった出来事を想い出していた。あの男との出会い、そして2人が立ち向かった運命について‥‥。昭和31年―日本の政財界を裏で牛耳る龍賀一族によって支配されていた哭倉村。血液銀行に勤める水木は当主・時貞の死の弔いを建前に野心と密命を背負い、また鬼太郎の父は妻を探すために、それぞれ村へと足を踏み入れた。龍賀一族では、時貞の跡継ぎについて醜い争いが始まっていた。そんな中、村の神社にて一族の1人が惨殺される。それは恐ろしい怪奇の連鎖の本当の始まりだった。
監督:古賀豪
原作:水木しげる
出演:関俊彦、木内秀信、種﨑敦美、小林由美子、白鳥哲、飛田展男、中井和哉、沢海陽子、山路和弘、皆口裕子、釘宮理恵、石田彰、古川登志夫、沢城みゆき、庄司宇芽香、松風雅也、野沢雅子 ほか
配給:東映
©映画「鬼太郎誕生ゲゲゲの謎」製作委員会
公開中
公式サイト kitaro-tanjo