失われた記憶を思い出させてくれる三谷作品
ハリウッド黄金時代の人気脚本家&監督だったビリー・ワイルダーを敬愛していることで有名な三谷監督。そんな三谷監督が手掛けた映画は、ハリウッドの名作や米国の懐かしい人気ドラマをオマージュしたものが多い。脚本提供作『12人の優しい日本人』(91年)は、シドニー・ルメット監督の密室劇『十二人の怒れる男』(57年)からインスパイアされた作品。オールスターキャストで話題となった『THE 有頂天ホテル』はグレタ・ガルボらが出演した群像劇『グランド・ホテル』(32年)、『ステキな金縛り』の法廷シーンはビリー・ワイルダー監督の『情婦』(57年)を意識したものとなっている。いわば、ハリウッドの良質な作品の“本歌取り”が三谷映画のスタイルとなっている。
では、今回の“本歌”は何か? 名匠フランク・キャプラ監督の『スミス都へ行く』(39年)とアイヴァン・ライトマン監督の『デーヴ』(93年)の2作品が『記憶にございません!』の本歌と呼べるだろう。『スミス都へ行く』は純真なボーイスカウトの団長・スミス(ジェームズ・ステュアート)が主人公。急死した上院議員の代役を務めるために辺鄙な田舎町からワシントンへと上京し、田舎者扱いされながらも慣れない政治の世界で奮戦する。『デーヴ』は傲慢な性格の大統領が急病で倒れ、大統領のそっくりさん・デーヴ(ケヴィン・クライン)が替え玉を務める物語。スミスもデーヴも政治キャリアのない素人だが、自分の心の中にある善意に従って、政治改革に乗り出す。どちらも後味のよいハートウォーミングなコメディだ。三谷監督が10年以上もの構想期間を経て完成させた本作も、『スミス』『デーヴ』の系譜を継ぐ作品だと言えそうだ。
興収31億円超えの大ヒットとなったノンストップコメディ『カメラを止めるな!』(17年)の上田慎一郎監督は、三谷監督が大学時代に旗揚げした劇団「東京サンシャインボーイズ」の人気舞台『ショウ・マスト・ゴー・オン 幕を降ろすな』(初演:91年)をお気に入りの作品として挙げている。また、銭湯で繰り広げられるユニークな犯罪サスペンス『メランコリック』(現在公開中)の田中征爾監督も三谷作品から影響を受けたことを語っており、次世代のクリエイターたちにとって大きな存在であることがうかがえる。『カメラを止めるな!』も『メランコリック』もシチュエーションドラマであり、予想外の展開と後味のよいエンディングが待っていることでも共通している。
本作の公開をきっかけに、『スミス都へ行く』や『デーヴ』などハリウッドの懐かしい名作に触れてみるのも三谷作品の楽しみ方のひとつではないだろうか。忘れかけていた大切なことを、笑いの中でふと思い出させてくれる。三谷作品のいちばんの美徳だろう。
文/長野辰次
病院のベッドで目が覚めた男。自分が誰だか、ここがどこだか分からない。病院を抜け出し、ふと見たテレビのニュースに自分が映っていた。演説中に投石を受け、病院に運ばれている首相。なんと、自分はこの国の最高権力者だったのだ。そして石を投げつけられるほどに…すさまじく国民に嫌われている。部下らしき男が迎えにきて、官邸に連れて行かれる。「あなたは、第百二十七代内閣総理大臣。国民からは、史上最悪のダメ総理と呼ばれています。総理の記憶喪失は、トップシークレット、我々だけの秘密です」。真実を知るのは、秘書官3名のみ。進めようとしていた政策はもちろん、大臣の顔と名前、国会議事堂の本会議場の場所、自分の息子の名前すらわからない。そしてよりによってこんな時に、米国大統領が来訪する…。
脚本・監督:三谷幸喜
出演:中井貴一 ディーン・フジオカ 石田ゆり子 草刈正雄 佐藤浩市 小池栄子 斉藤由貴 木村佳乃 吉田羊 山口崇 田中圭 梶原善 寺島進 藤本隆宏 迫田孝也 ROLLY 後藤淳平(ジャルジャル) 宮澤エマ 濱田龍臣 有働由美子
配給:東宝
公開中
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