ペニーワイズのモデルとは?
『IT』といえば、まず思い起こすのが邪悪な道化師(作中ではピエロではなく“クラウン”と呼んでいる)のペニーワイズ。90年版のティム・カリー(1975年の『ロッキー・ホラー・ショー』のフランクン・フルター博士)が独特の低音ボイスを活かして怪演し、強烈な印象を残した。70年代に33人もの人間を殺害した実在の連続殺人鬼ジョン・ウェイン・ゲイシーが、イベントで道化師の扮装をすることが多かったため“キラークラウン”と呼ばれて恐怖の対象になったこともあり、“道化恐怖症”というものが誕生したのだが、この90年版の放映によって、それが全米に蔓延したと言われている(これ以前にも1988年の『キラークラウン』など道化師を悪役にした映画はあったのだが、やはり一般化したのは『IT』以降だろう)。最近でも、深夜の道路脇を徘徊する不気味な道化師の映像が動画投稿サイトに次々とアップされて話題になったことは記憶に新しい。現在ヒット中の『ジョーカー』も道化師の顔をした“悪”を描いているが、笑顔のメイクをしていてもその内面が読み取れないからこそ、不気味な存在になりえるのだ。今回の『IT/イット』2作でペニーワイズを演じるのは、名優ステラン・スカルスガルドの息子であるビル・スカルスガルド。ティム・カリーに負けない凄味のある演技を見せてくれている。
余談だが、ジョニー・デップもこの“道化恐怖症”にかかっていたそうで、克服のため、殺人鬼ゲイシーが獄中で描いたピエロの絵を購入したとのこと。
キング小説の映画化が難しい理由
さて、「スティーヴン・キング作品の映画化は難しい」とよく言われている。それは彼の小説が“徹底的にディテールを描き込み、読者に作中の世界をリアルに感じさせることによって、そこが異物の侵入で崩壊していく過程を実感させる”という手法がとられているからで、必然的に本は分厚くならざるを得ない。それを2時間前後の映画にするにはかなりの省略や再構築をせざるを得ず、中途半端なものになりがちなのだ。
実際に成功例と言えるのは、『スタンド・バイ・ミー』(86年)や『ショーシャンクの空に』(94年)といった中編が原作のもの、あるいはブライアン・デ・パルマ(1976年の『キャリー』)、スタンリー・キューブリック(1980年の『シャイニング』)、デヴィッド・クローネンバーグ(1983年の『デッドゾーン』)といった、作家性が強い監督が自分の解釈で映像化したもの(なのでキングはキューブリック版の『シャイニング』を認めておらず、後に自ら脚本を書いてTVドラマ化している)などに限られていた。
この『IT』も邦訳版はハードカバーで2冊、文庫本だと全4冊という大長編。90年のTVムービー版は2回に分けて放映されたが、それでもかなりの省略が必要だったし、TVという媒体ゆえに放送コードの問題もあって残酷なシーンは映せなかった。
そこにあえて挑んだのが17年と19年の最新版なのだ。原作や90年版では現在と過去が入り乱れている構成を、今回の2作では過去編と現在編に分けて再構成、わかりやすくしたのが成功の要因ではないだろうか。実際、17年版の『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』は、単独でも“甘酸っぱい青春映画の香りがするホラー映画”として成立していた。そこに完結編である『IT/イット THE END “それ”が見えたら、終わり。』を加えることによって、作品世界を一回り大きくしているのだ。