ハリウッド今週のトップニュースは、今春5月2日から148日間続いた脚本家ストライキで問題となっていた内容の合意がかなった、ということが9月24日の夜に発表されたこと。27日に行われた脚本家組合の会合はハリウッド・パラディウムというエミー賞なども開かれる大会場で行われ、まるでロック・コンサートのような熱気に溢れ、組合リーダーたちへのスタンディング・オベーションが続いたという。いつから現場にもどれるかの日程はまだ発表されていないが、脚本家たちにとって晴々しい勝利となったことは確実のようだ。
『ジョン・ウィック』シリーズの脚本家デレク・コルスタッドがよい例かもしれない。原作もなく、彼が独自で書き起こしたのがインディーズ映画『ジョン・ウィック』のオリジナル脚本。映画の人気はカルト化し、続編ごとに製作費の約4倍の興行収入結果を出すという記録で更新しつづけたトップの脚本家だが、今回の4作目『ジョン・ウイック:コンセクエンス』から、コルスタッドは脚本家をはずされている。本人の意思ではなかったそうで、対プロデューサー側と脚本家の複雑な関係が浮き彫りになっていた。『ジョン・ウイック:コンセクエンス』は全米で今年3月24日から大ヒット上映し、現在、全シリーズの世界興行を合わせると、約10億ドル(日本円で約1500億円)を超えた。今秋からはそのスピンオフTVミニシリーズ「ザ・コンチネンタル:ジョン・ウィックの世界から」が米パラマウント+で配信。日本ではアマゾンプライムで9月22日から同時配信されはじめ、1話約2時間という、強気な全3話なので、映画とともに、このコラムで紹介したい。
伝説の殺し屋ジョン・ウィックの成り立ち
脚本家デレク・コルスタッドは、当初、主人公ジョン・ウィックを70代の男性、クリント・イーストウッドのような世代で想定していたそうだ。そして、プロデューサー、ベイジル・イヴァニクがその脚本を購入。『マトリックス』(1999~) シリーズ終了後の俳優キアヌ・リーブズが新たなアクション・シリーズを探していたタイミングの波に乗って、主人公にキアヌを想定して書き直したのだそうだ。物語は、最愛の妻を失くし、一人残された主人公を癒してくれるのは妻が残したビーグル犬、というやさしい導入で始まる。しかし、強盗に襲われ、愛車が盗まれただけでなく、かわいい子犬まで殺される。静かで寡黙に見えたジョン・ウィックは、妻が残してくれた命綱であった子犬を殺されたことで復讐を誓い、コンクリートで固められた床下をハンマーで壊し、地下の秘密金庫を開けて、あらゆる銃器と山のような闇社会専用コインを掘り起こす。ジョン・ウィックとは一体何者かと観客は、主人公と彼の生きる闇の暗黒世界に惹きつけられていくのである。
元キアヌ・リーブスのスタントマンであった監督未経験のチャド・スタエルスキとデヴィッド・リーチ(クレジットされていない)の共同監督を起用するという賭けにでたプロデューサーのベイジル・イヴァニク。作り手、そしてキアヌ・リーブズの丹念な役作りで出来上がったこの映画はニューヨークを舞台に繰り広げられ、コンチネンタルホテルと闇の殺し屋たちというサスペンス溢れる世界観は、続編『ジョン・ウィック:チャプター2』によって大きく飛躍。コンチネンタルホテルは殺し屋専用のホテルで、誓印を交わした殺し屋は闇社会専用コインを使って、ホテルの宿泊、武器の調達、オーダーメイドのスーツ調達から死体処理サービスまで受けられる。しかし、掟を破ったものは追放だけでなく、懸賞金がかけられて世界中の殺し屋から命をねらわれる。伝説の殺し屋ジョン・ウィックがその掟を破ったことで、物語はドラマティックに展開していくのである。次第に『ジョン・ウィック』シリーズの魅力はカルト化。「They Shouldn’t Have Killed His Dog 彼らは犬を殺すべきじゃなかった」という製作者他のインタビュー本まで出版されるほど、米アクション映画史上に残るオリジナル映画シリーズとしてファン、そして多くの米批評家にも愛されている。
『ジョン・ウイック:コンセクエンス』は舞台も世界中を飛び回り、前半は大阪にもコンチネンタルホテルが存在したという設定。ベテラン俳優真田広之がホテルの支配人役で登場。その娘役を新潟出身、ロンドン育ちのシンガーソングライター、リナ・サワヤマが好演している。さらには長年、香港映画で活躍していたドニー・イェンが目の不自由な殺し屋を演じ、歳を重ねても爽快なアクションを見せつけるなど、アジア系俳優の演技が魅力。さらに、『ジョン・ウィック』映画の楽しい要素の一つ、犬と人間の存在も欠かせない。今作では、もう一人の粋な殺し屋を黒人俳優シャミア・アンダーソンが演じその連れ犬が癒し役となる。ジョン・ウィックと剛健な殺し屋たちが火花を散らす中、彼らが同志のような連帯感で繋がっているところが、今作の見どころである。
後半はパリに舞台を移し、パリ、国立歌劇場の一つガルニエ宮や、サクレクール寺院、凱旋門前のカーチェイス,さらに、モンマルトルの丘、(ヴァラドン広場から見上げる)フォワイヤティア通りの階段での七転び八起きのジョン・ウィックの姿は圧巻で、ファンを大満足の疲労感で満たすことは間違いない。ジョン・ウィックは、ハリウッドで最も有名な脚本のお手本、神話学者ジョーゼフ・キャンベルの「英雄の旅 ヒーローズ・ジャーニー論」を下敷きにした分かりやすい骨組みが基盤。英雄となる人物が日常から旅立ち、足を踏み入れた世界で、驚異的な存在に出会い、その冒険の中で仲間との友情、恩恵を得て、決定的な勝利を治めるという現代のヒーロー像を確立した。ウィックを知る殺し屋たちからは、「ババ・ヤガ」「ブギーマン」という東ヨーロッパ民間伝承の魔女やヨーロッパ発信、アメリカに渡って呼び名の意味も変わっていった怪物の総称でその存在は恐れられながらも、ジョン・ウィックは復讐ではなく、害を受けたので報復するという点で、ただの殺し屋ではないヒーローなのである。さらには、ギリシア神話で、腕自慢の豪傑たちと闘うオデュッセウスと、不死身なアキレスの両方からもヒントを得て描いているのだと、監督のチャド・スタエルスキがヴァラエティ誌でも触れていた。確実な存在感のある俳優ローレンス・フィッシュバーン演じるホームレス王、バワリー・キングも、武装したまま生まれた女神アテナの姿を反映しているなど、シリーズが絶え間なく続いた秘訣は、作り手がアクションの達人だけでなく、神話やサイレント映画などをくまなく勉強していた点にあるようだ。