Mar 09, 2019 column

『運び屋』『グラン・トリノ』のイーストウッドは“表と裏”!その関連性と魅力に迫る

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クリント・イーストウッド監督最新作『運び屋』がついに公開された。俳優業から遠ざかっていた彼が、本作では『グラン・トリノ』(08年)以来の監督&主演を務め、さらに脚本も同作を担当したニック・シェンクが手掛けている。いやがおうにも傑作『グラン・トリノ』を意識してしまうのだが、そこはさすがの巨匠イーストウッド。最新作『運び屋』は、多くの共通点を備えながらも、全く違う味わいを持つ逸品となった。

 

ここ数年のイーストウッド作品とは一線を画す“実話モノ”

ご存知のように、ここ数年のイーストウッド作品は、実在する人物の映画化が続いている。そして最新作『運び屋』もまた、ニューヨーク・タイムズに掲載された“実在の運び屋レオ・シャープ”の記事を基にしているのだが、まずはその凄すぎる事実に驚かされる。

 

 

2011年、アメリカの麻薬取締局は、大量のコカインを運ぶ黒のSUVを追っていた。ようやくその運び屋を検挙した捜査員たちはあっけにとられる。車から降りて来たのは、くたびれた87歳の白人の老人、レオ・シャープ。2年間にわたりメキシコ麻薬カルテルの運び屋を務め、その量はなんと1400ポンド(約635キロ)以上。2年間で1億円をゆうに超える大金を荒稼ぎしていた。

第二次世界大戦に従事したシャープは、終戦後は園芸家として活動。“デイリリー”という高級ユリの新種生産で名を馳せており、その筋では有名な存在だった。しかし、ネット販売時代の到来に対応できず、窮地に陥った彼は運び屋の仕事を始めたのだという。前科もなく、車で走るただの老人を当局が疑うはずもなく、その成果に組織から一目置かれる存在となった彼は、運び屋の仕事にもかなり自由を与えられていたらしい。イーストウッドが映画化に動くのも納得の、前代未聞の事件である。

 

 

そんな実在の事件に着想を得た本作だが、これまでのイーストウッドの“実話志向”とは一線を画す作品となっている。2014年の『アメリカン・スナイパー』、2016年の『ハドソン川の奇跡』も徹底したリサーチが行われ、『15時17分、パリ行き』(18年)に至ってはリサーチどころか、事件の当事者本人を出演させるこだわりよう。イーストウッド監督は可能な限りリアリティを追求し、その人物のありのままを表現することを重視してきた。

 

 

しかし本作では、実在の人物を扱いながらも、その物語はフィクション。主人公の名前も架空のものに変えられている。そして上記の3作品と最大の違いは、一時は俳優引退もほのめかしたイーストウッドが主演俳優として帰ってきたことだ。監督イーストウッドが映画化したかった実在の人物と、俳優イーストウッドが演じたいと思うほどの役。彼の監督&主演が『グラン・トリノ』以来10年ぶりなら、脚本ニック・シェンクとのコンビもそれ以来。シェンクの見事な脚本がイーストウッドをその気にさせたのだ。