Jan 28, 2022 column

謎に包まれるウェス・アンダーソンのメソッドを探る 『フレンチ・ディスパッチ』の緻密な“カオス”からみえる真髄とは

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時計じかけのカオス

ウェス・アンダーソン史上最大のセット数に至った『フレンチ・ディスパッチ』は、まさに「デラックス版ウェス・アンダーソン」といえる。凝りに凝った画面展開は、もはや模倣による追随を不可能にさせる(諦めさせる)領域にまで至っている。ミステリアスなウェス・アンダーソンの撮影プロセスだが、キャスティングも含めた草案を話し合い、ロケーションを研究。アニマティックで動く絵コンテを作り、それを実現させるために一旦すべてを解体して、ホワイトボードの前で話し合う。このようなプロセスがおおむね行われているのだという。完璧な準備をした上で、そこに現場での俳優たちによる「遊戯」が加わっていく。

謎に包まれるウェス・アンダーソンのメソッドを探る 『フレンチ・ディスパッチ』の緻密な“カオス”からみえる真髄とは

本作のローバック・ライト編で挿入されるアニメーションは、ロケ地となったアングレーム市が開催している「アングレーム国際漫画祭」にリスペクトを捧げられたものとのことだが、ここでアニメーションで描かれている九割近くは、ウェス・アンダーソンなら実写で実現できてしまえるはずだと思わせる。逆に、このアニメーションシーンが、ウェス・アンダーソンの上記のようなプロセスの秘密の種明かしになっているという意味で、非常に興味深い。正確さの中に生身の人間の「カオス」を混合させていく面白さ。それが画面の速さをさらに加速させていく。また、本作の劇中劇「グッドバイ・ゼフィレッリ」のように、フレームの外、上下左右から思いがけずキャラクターが飛び出してくるのも、機械仕掛けのような正確さを感じさせつつ、その縦横無尽な「カオス」に、こちらの予測が追い付けない。ウェス・アンダーソンの映画が、時計じかけのように正確でありつつ、人の魅力を確実に捉えているのは、こういった「カオス」の醸成が基盤にあるからかもしれない。

決してグリーンスクリーンを使用せず、実物の背景を使ったアナログ撮影にこだわり続けているウェス・アンダーソンは、『フレンチ・ディスパッチ』で、これまで以上にドリーでの移動撮影に神経を使っている。ウェス・アンダーソンの映画において、ドリー撮影が一旦ストップして再び動きだすタイミングや、カットとカットのつなぎ目、編集点は、リズムを作るための「句読点」(出典:Volture 「Behind the Scenes of The French Dispatch Long Shot」) となっている。キャラクターの台詞や、ナレーションのタイミングと完全にシンクロしていることに驚かされる。

本作のセットとセットの間をシームレスに横移動していく撮影で、最も狂っているのは、ローバック・ライトが次々と予想外の部屋に入っていくシーンだろう。カメラは横にも縦にもあたかも自在であるかのように、しかも機械仕掛けであるかのような正確さで動いていく。ここでローバック・ライトは、一人語りをしながら次々とドアを開けていくが、この一人語りのアイディアは、ローバック・ライトを演じたジェフリー・ライトが現場で提案したのだという。

また、『フレンチ・ディスパッチ』ではモノクロがカラーに思いがけないタイミングで頻繁に変わるが、ここではどちらにでも映える色を選択する苦労があったという。ローゼンターラーとシモーヌのエピソードで、早速このアイディアはもっとも美しい瞬間を迎える。「確固たる傑作」と題されたこのエピソードで、シモーヌをモデルにした絵画作品が画面に現れる瞬間の美しさ。作品の前を横移動していくシモーヌと、絶妙なタイミングで流れるアレクサンドル・デスプラによるシモーヌに捧げられた美しい旋律。そして、アナログな撮影が行われた全員の動きが一時停止してしまう、「破局」のショット。

謎に包まれるウェス・アンダーソンのメソッドを探る 『フレンチ・ディスパッチ』の緻密な“カオス”からみえる真髄とは

『フレンチ・ディスパッチ』は、これまでのウェス・アンダーソンの映画がそうであったように物語の大胆な「破局」が迎えられ、残された者が、来たるべき感情に向けて思いをつないでいく。元々が短編のアンソロジーとして構想された今回は、三つの大きなエピソードで、それぞれの「破局」を迎える。しかし、フレンチ・ディスパッチ編集部には、事務所の壁に書かれたように「ノー・クライング」の厳しい掟がある。たとえ一人残されたとしても、まだ泣いてはならない。

『フレンチ・ディスパッチ』は、残された者の来たるべき感情に「連帯」の意思を示す。ウェス・アンダーソンがニューヨーカー誌に影響を受けて本作を作ったように、偉大な芸術、偉大な仕事は、本人の知らぬ間に、誰かの心の中でいつの間にか大きな存在になっていく。だからまだ泣かないでほしい。ウェス・アンダーソンと仲間たちは、私たちが涙を流してしまうその前に、無言の「連帯」の手を差し伸べているのだ。

文 / 宮代大嗣

作品情報
謎に包まれるウェス・アンダーソンのメソッドを探る 『フレンチ・ディスパッチ』の緻密な“カオス”からみえる真髄とは
映画『フレンチ・ディスパッチ ザ・リバティ、カンザス・イヴニング・サン別冊』

ウェス・アンダーソンによる活字文化とフレンチ・カルチャーに対するラブレター。20世紀フランスの架空の街にある米国新聞社の支局で活躍する、一癖も二癖もある才能豊かな編集者たちの物語。ストーリーは三部構成で展開し、画面のいたるところにはウェス・アンダーソンらしいユニークな演出が散りばめられている。

監督・脚本:ウェス・アンダーソン

出演:ベニチオ・デル・トロ、エイドリアン・ブロディ、ティルダ・スウィントン、レア・セドゥ、フランシス・マクドーマンド、ティモシー・シャラメ、リナ・クードリ、ジェフリー・ライト、マチュー・アマルリック、スティーヴン・パーク、ビル・マーレイ、オーウェン・ウィルソン、クリストフ・ヴァルツ、エドワード・ノートン、ジェイソン・シュワルツマン、アンジェリカ・ヒューストンほか

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

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2022年1月28日(金) 全国公開

公式サイト searchlightpictures.jp