人間関係を赤裸々に描く
本映画のもうひとつの見どころ、いや、最大の見どころは、エルヴィスという無名の一少年とその才能に生涯をかけた謎の人物トム・パーカー大佐との関係だ。パーカーはエルヴィスに惚れ込み、マネージャーとなる。それも、入ってきたお金の半分を取るという剛腕マネージャーだ。エルヴィスは自分を最大級に信じてくれたパーカーのことを当初は全面的に信頼する。ところが徐々に自分の人気が高くなり多くの人から様々なことを言われるようになると、パーカーのことに疑問を持ち始める。
パーカーはエルヴィスが稼いだ金をラスベガスでどんどんギャンブルにつぎ込む。負けはこんでいくが、エルヴィスの稼ぎがあるから、安泰だ。プレスリーのもとには世界各国からライヴのオファーが押し寄せるが、パーカーはすべて断る。そのあたりに不信を感じるエルヴィスはパーカーと決別する決意をするのだが‥‥。
映画におけるパーカーの辛辣ぶり、悪役ぶりは、これはもうトム・ハンクスの想像を絶する演技で観客を圧倒する。エルヴィスの父をも巻き込んだエルヴィス対パーカーの壮絶な戦いぶりは、この映画のひとつのクライマックスだ。
もし一曲、この映画を観るにあたってエルヴィスの曲を予習しておきたいと思った方は、「サスピシャス・マインド」という1969年にリリースされ大ヒットした曲をお勧めしておきたい。できれば、歌詞カードなども見て知っておくといいだろう。一体エルヴィスとパーカーはどのような折り合いをつけるのか。そして、エルヴィスがさまざまなことに悩み、薬漬けになっていく様は本当に痛ましい。愛する妻プリシアとの別離、パーカーとの確執。エルヴィスの孤独は頂点に達する。
バズ・ラーマン監督によると、この映画は2時間39分だが、なんと4時間のフルバージョンがあるという。4時間のものを2時間39分に短くしたということらしい。いつかそのフルバージョンを観てみたい。
ある意味、マイケル・ジャクソンもメディアという怪物に搾取され、殺された。エルヴィスもメディアともう一人、このパーカー大佐に搾取され身も心もずたずたにされ、死んだ。パーカーは、エルヴィスを殺したのは誰かという問いに別の回答を発するが、それは犯人が裁判で言い訳をすることと等しい。
エルヴィスはブラック・ミュージックを搾取したとブラックに非難された。だが、その彼は一番近い所にいたトム・パーカーというマネージャーに搾取され続けたという悲劇の物語と見ることもできるだろう。エンタテインメント界の生き馬の目さえ抜くという搾取搾取のすさまじいまでの弱肉強食の姿が描かれた傑作だ。
今までエルヴィスは、たとえばビートルズやローリング・ストーンズ、クイーンといったアーティストたちと比べると、日本ではそれほど脚光を浴びてこなかったという。そうした状況がこの映画の公開によって少しでも変わればこの作品の意義は十分にあったということだろう。
来年のアカデミー賞の「作品賞」「監督賞」「主演男優賞」「助演男優賞」のノミネートは当然として、そのほか、「撮影賞」、「プロダクション・デザイン」、「脚本」、「衣装」、「オリジナル・ソング」あたりまではいるとすると、最大9部門のノミネートが期待される。
文 / 吉岡正晴
世界史上最も売れたソロアーティスト、エルヴィス・プレスリー。彼がいなければ、ビートルズも、クイーンも存在しなかった。 エルヴィスの誰も知らなかった真実の物語を、『ムーラン・ルージュ』のバズ・ラーマン監督が映画化。
監督:バズ・ラーマン
出演:オースティン・バトラー、トム・ハンクス、オリヴィア・デヨング、コディ・スミット=マクフィー
配給:ワーナー・ブラザース映画
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公式サイト elvis-movie.jp