『ダンケルク』では異なる時間をシンクロさせる斬新な試みと“アナログとしての進化”に挑戦
そんなクリストファー・ノーランにとって、初の実話の映画化となったのが、新作『ダンケルク』である。第二次世界大戦中の、ダンケルクの戦いを忠実に描くわけで、ノーランのオリジナリティは影を潜めるかもしれない……とも思われた。しかし完成した作品は、またもや観る者の予想を超える“新しさ”に満ちていたのである。
まず基本設定からして、戦争アクション映画のパターンを外している。『ダンケルク』の主観は、あくまでも“撤退し”、“救出される”兵士の目線。戦うことではなく、逃げて生き延びることに終始する物語のためか、戦争映画なのに意外なほど直接的なバイオレンス描写が少ない。
陸・海・空の3カ所で展開する撤退サバイバルは、陸上で逃げ惑う兵士が1週間、海で民間船が救出するドラマが1日。そして戦闘機のパイロットによる空中戦が1時間と、それぞれの場所で異なる時間をシンクロさせていく。時間軸の歪みがひとつに融合するこの構成も、他の映画にはない斬新な試みとして、観客を不思議な感覚に導いていく。
そして、クリストファー・ノーランがこれまで築いてきたスタイルを、この『ダンケルク』では見事にアップデートさせている。35mmフィルムとIMAXによる撮影を、今回は65mmとIMAXに変更。より壮大なスケール感を追求した。大型のIMAXカメラを戦闘機のコックピットで使用するために特殊なレンズを開発するなど、“アナログとしての進化”にも挑んだ。この点こそ、ノーランの真骨頂ではないか。戦闘機や船など、第二次大戦当時の現物をわざわざ運び込んで撮影に使用した点も、ノーランのリアル志向の究極と言っていい。実際に戦闘機を飛ばして、パイロットの目線でとらえた映像によって、観客は有無を言わせず当時の兵士の気分を体感するのである。