Nov 30, 2019 column

『シャイニング』と『ドクター・スリープ』―小説と映画の複雑な関係

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『ドクター・スリープ』、小説と映画の関係

さて、そんな『シャイニング』の続編として執筆された『ドクター・スリープ』の主人公はダニー(作中ではダンと呼ばれる)。生還後もオーバールック・ホテルの悪霊によって悪夢に苦しめられていたダンは、同じ“シャイニング”を持つディック・ハロラン(キューブリックの映画版ではジャックに殺害された)の助けによりその封じ込めに成功する。しかし大人になった彼は父親と同じアルコール依存症に苦しんでいた。なんとかそれを克服し、ホスピスで看護師として働き始めたダン。そんな彼の前に、自分よりも強い“シャイニング”を持つ少女アブラが現れる。だが彼女は他人の“シャイニング”を喰らうことで不死となっている邪悪な集団“トゥルー・ノット”に狙われていたのだった。ダンは彼女を救うため、決死の戦いに身を投じていくことになる。

本作で描かれるのは“超能力バトル”に近いもので、純粋なホラーだった前作とは趣を変えている。小説の前半はアルコール依存症に苦しむダンの内面がじっくりと描かれていて、これもまたアルコールと薬物の依存症に苦しんできたキングの自己投影と言えるだろう。

そして原作最大の特徴は「あくまでも原作版『シャイニング』の続編であって、映画版『シャイニング』の続編ではない」ということだ。この作品世界ではオーバールック・ホテルは焼け落ちていて存在していないし、キューブリックの映画ではほとんど無視された“シャイニング”が物語の中核をなしている。そしてキング自身「これがトランス一家の正史だ」と語っているのだ。

しかしその映画化にあたって、監督・脚本のマイク・フラナガン(大のキングファンであると同時にキューブリック映画の信奉者でもある)は、あえて「映画版の続編を作る」という大きな賭けに出た。基本的なストーリーラインは原作と同じだが、クライマックスの展開を原作とはまったく変えてしまったのだ。ここではオーバールック・ホテルは廃墟となりながらも健在であり(40年近くもの間、取り壊されなかった理由は不明だが)、そこをダンが再訪することによって映画ならではの見せ場が連続する。

映画『シャイニング』からの引用も多く、前作のファンならば大喜びすること必至の描写がたっぷりなのだが、逆に前作を観ていない人には「これ何?」となってしまうので、未見の方は予習しておくことをおススメしたい。もちろん、「昔観たよ」という方も事前に復習しておけば、より新作を楽しめるはずだ。

さて、この映画『ドクター・スリープ』のすごいところは、映画版の続編を作っておきながらも、スティーヴン・キングからちゃんと許諾を受けただけでなく賞賛の言葉まで受け取ったことにある。それは「映画版の続編なのにもかかわらず、原作の精神を活かした作品になっている」からで、この綱渡りのようなプロジェクトを成功させたフラナガンの力技には感服せざるを得ない。

『ドクター・スリープ』のラストは小説と映画ではまったく違うので、こうして2種類の『シャイニング』と『ドクター・スリープ』は、パラレルワールドのような状況で並存していることになったのだ。もちろん、キングのファンならばどちらも楽しめるわけだが。

文/紀平照幸

公開情報
『ドクター・スリープ』

40年前、雪山のホテルでの惨劇を生き残ったダニー(ユアン・マクレガー)は、トラウマを抱え、人目を避けるように孤独な暮らしを続けていた。そんな彼の周りで起こる児童連続失踪事件。ある日、ダニーのもとに謎の少女アブラ(カイリー・カラン)からメッセージが送られてくる。彼女は“特別な力(シャイニング)”を持っており、事件の現場を“目撃”していたのだ。事件の謎を追う二人はやがて、ダニーにとって運命の場所、あの呪われたホテルにたどり着く――。
原作:スティーヴン・キング『ドクター・スリープ』(文春文庫刊)
監督・脚本:マイク・フラナガン
出演:ユアン・マクレガー、レベッカ・ファーガソン、カイリー・カラン
配給:ワーナー・ブラザース映画
公開中
©2019 Warner Bros. Ent. All Right Reserved
公式サイト:doctor-sleep.jp

DVD情報
『シャイニング』

北米公開版<4K ULTRA HD&HDデジタル・リマスター ブルーレイ>(2枚組):6345円(税抜)
Blu-ray:2381円(税抜) DVD:1429円(税抜)
発売中
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