Feb 03, 2017 column

長澤まさみ目当ての観客をも魅了する、ミュージカル『キャバレー』東京公演レポート

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長澤まさみの妖艶なスタイルに話題が集中しているミュージカル『キャバレー』。
なにしろ、あの魅力的な胸元と脚を惜しみなくさらけ出している宣伝美術はかなりのインパクトだ。
そもそも、この舞台、トニー賞も受賞し、映画化もされた世界的な名作で、それを鬼才・松尾スズキが上演台本を書いて演出をして、一流の演劇人が多数参加しているものだから、演劇ファンにとってはマストである。そのうえ、長澤まさみのビジュアルに釣られた人が加わって、東京公演と神奈川公演は連日大盛況だった。
2月3日からは、大阪、仙台、愛知、福岡と地方公演がはじまる。その前に、東京公演はどうだったのか、長澤まさみはどうだったのか、『キャバレー』とは実際のところどんな作品なのかレビューしてみたい。
前半ネタバレなし、後半ネタバレ若干ありにしますので、どこまで読むかはご自由にご選択ください。

まずはストーリー。ときは1929年。日本でいうと昭和4年。世界恐慌が起こった年だ。ところはナチスが台頭するちょっと前のベルリン。
アメリカからやって来た作家のクリフ(小池徹平)は、ドイツに向かう列車のなかで知り合ったドイツ人エルンスト(村杉蝉之介)に連れられてキャバレー〈キット・カット・クラブ〉を訪れる。そこでは夜な夜な華やかなショーと、集う人々の恋の駆引きが熱っぽく行われていた。
一番人気の歌姫サリー(長澤まさみ)と恋に落ちたクリフは、下宿で彼女と一緒に暮らすようになる。下宿には口うるさい大家のシュナイダー(秋山菜津子)や、男を連れ込んで商売しているコスト(平岩紙)がいて、にぎやか。あるとき、シュナイダーは果物店店主シュルツ(小松和重)にプロポーズされる。だが、その頃、街にはナチスの影が忍び寄ってきていて……。
休憩が1回入る2幕もの。合間合間に歌や踊りが入る。歌は全21曲で、そのうち、長澤まさみが歌うのは6曲。一番人気の歌姫役だからたくさん歌って当然で、最初の1曲めから歌い踊る。衣装替えも7回ほどあって、魅せる、聞かせる。宣伝美術では胸や脚が強調されたが、舞台では肩甲骨のキレイさ、そこからしゅっと天に向かって伸ばす腕も映える。公式サイトによると彼女の身長は168センチ。すらっとしたカラダのなかをまっすぐ通った声が口から劇場中に広がっていく。ふだん、映像ではそんなにハキハキ滑舌よく喋る印象ではなかったけれど、しっかり歌い上げていた。

そんな彼女に見とれている劇場の客席に座った観客たちも、まるでキット・カット・クラブの観客に見立てられている感じで、劇場まるごとキット・カット・クラブになった一体感ができあがった。
キット・カット・クラブでは、異性愛も同性愛も、あらゆる愛が自由で、長澤まさみ演じるサリーも奔放に愛に生きている。
誰もが本能をむき出しにしていて、その生命力がギラギラと眩い。サリーも刹那的で情熱的で、小池徹平演じるクリフを愛で振り回す。

小池と長澤のカップルがいい感じ。小池の公式サイトによると身長167センチで、長澤まさみより1センチ低い。女のほうが背の高いラブストーリーというと『The ♥ かぼちゃワイン』を思い出す。ふたりはそこまで差はないが、その1センチの差になんだかキュンとなる。

 

長澤まさみキャバレー2

 

ここからネタバレです。

ところが、次第にサリーとクリフの間はぎくしゃくしていく。作家としての壁にぶち当たるクリフと、女としての生き方を否応なく考えさせる局面に立つサリー。ふたりは間には笑いがなくなってしまう。居心地の良かったベルリンも、ナチスによって民族の選別が行なわれはじめる。シュナイダーとシュルツの結婚話にもその問題が絡んできて……。
重い歴史を含んだ物語でありながら、『キャバレー』は、それぞれに夢をもった男と女が出会い愛情を交わすうちに夢が潰えていくという普遍的な部分に、さりげなくもしっとりとフォーカスする。それはたぶん松尾スズキのまなざしでもあるだろうし、長澤まさみと小池徹平の力なのだと思う。かしぶち哲郎と矢野顕子のデュエット曲「屋根裏の二匹のねずみ」を思い出してしまった。そこまで慎ましくはないのだが。
世界恐慌が起こった数年後、ドイツはナチスドイツとなることを知ったうえで見ると、キット・カット・クラブという誰もが受け入れられ、バカ騒ぎできる自由な場所が心底輝いてみえるのだ。まさに「人生に失望してる? そんなの忘れて! ここにはね、美しい人生しかないんです」という台詞そのもの。

 

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カーテンコールで出演者たちが、楽器を各々手にして演奏する姿は、ほんとうに愛おしい。楽器演奏のできる出演者が集まっていて、ホルンの平岩紙(彼女は大人計画のオーディションでホルンを吹いたことをきっかけに、舞台でも何度も吹いている)、サックスの石丸幹二(ミュージカル俳優の彼は声楽だけでなく、いろいろな楽器演奏もできる)、ギターの小池徹平(さすがWaT)・・・など各々得意の楽器を披露する。グループ魂の村杉蝉之介もいるし。

ミュージカルが進むにつれ、長澤まさみ目当てにだけ来たひとも、いつのまにかすっかり舞台に見入っている。

さて、長澤まさみ最強の舞台ではあるが、ほかにも濃厚に色っぽい人物がいる。秋山菜津子も平岩紙も素敵なのだけれど、なんといっても石丸幹二である。
大ヒットしたドラマ『半沢直樹』の嫌味な上司や、朝ドラ『とと姉ちゃん』の執拗に嗅ぎ回る新聞記者を演じていた俳優である。演劇の世界では、ミュージカル界のスターで、いわゆる二枚目俳優として女性人気が高い。『美女と野獣』や『エリザベート』など大役を多数やってきたベテランではあるが、今回のMC という狂言回し的な役はいままでにない役だ。
MCはお話の進行役で、直接的にストーリーに関わってはこないが、合間合間に登場し、場を盛り上げる、なんだか妖精みたいな存在で、中性的にも見えて、すこぶる色っぽい。
長澤まさみや小池徹平たちは、1929年のベルリンで、その先、何が起こるかわからないまま懸命に生きている庶民であり、石丸幹二は、そんな彼らを俯瞰して眺めている、時代そのもの--美しくも残酷な神のようにすら見えた。
こんな神様が、我々の生きる現代にも存在していたら……なんて思ってドキリとする。

いまのアメリカの状況を見るに、なんだかこの芝居の時代の再来のようにも思えるし、日本だって他人事ではいられない。

文 / 木俣冬

 

ミュージカル『キャバレー』

台本:ジョー・マステロフ
作曲:ジョン・カンダー
作詞:フレッド・エブ
翻訳:目黒条
上演台本、演出:松尾スズキ
出演:長澤まさみ 石丸幹二 小池徹平 小松和重 村杉蝉之介 平岩紙 秋山菜津子 ほか

大阪公演 大阪フェスティバルホール 2017年2月3日 (金) ~2017年2月5日 (日)
仙台公演 仙台サンプラザホール 2017年2月10日 (金) ~2017年2月12日 (日)
愛知公演 刈谷市総合文化センター 大ホール 2017年2月17日 (金) ~2017年2月19日 (日)
福岡公演 福岡サンパレスホール 2017年2月24日 (金) ~2017年2月26日 (日)

公式サイト http://www.parco-play.com/web/play/cabaret2017/

舞台写真撮影:引地信彦