Jan 18, 2020 column

ナチスを題材にコミカルに描く『ジョジョ・ラビット』と傑作群を解説

A A
SHARE

2月9日(現地時間)に発表されるアカデミー賞で作品賞を含む6部門にノミネートされ、今年度の映画賞レースに加わっている『ジョジョ・ラビット』が、いよいよ日本でも公開された。昨年9月のトロント国際映画祭で観客賞を受賞するなど、誰が観ても“愛すべき作品”になっている、この映画。第二世界大戦下のドイツの町で、ナチスに傾倒する10歳の少年という超シビアなシチュエーションながら、観始めると一瞬で引き込まれてしまうその魅力を解説していきたい。

“傑作の見本”のような構造

『ジョジョ・ラビット』は、ジャンル分けすれば“戦争映画”になるだろう。舞台は第二次世界大戦時代のドイツ。10歳のジョジョ少年が、ヒトラーユーゲントに所属して、さまざまな訓練を受けるところから始まる。ヒトラーユーゲントとは、ナチスによる青少年の組織。しかし仲間に比べて、明らかに頼りない雰囲気で、不器用でもあるジョジョは、ヒトラーユーゲントでの訓練もうまくこなせない。教官からの「ウサギを殺せ」という指示にも従えず、“ジョジョ・ラビット”という不名誉なニックネームで呼ばれることになってしまう。

そんなジョジョだが、ヒトラーへの愛は人一倍。他人には見えない“空想上のヒトラー”と会話するのが日常となっていて、冒頭に登場するこのヒトラーがややコミカルな印象なので、戦争映画という装いの本作は、一瞬にして「肩の力を抜いて楽しんでいい」と観る者を引き込んでしまう。この冒頭のシーンで流れるのは、ビートルズがなんとドイツ語で歌っている『抱きしめたい』。戦時のナチスの映像に、その軽快な曲が重なり、ジョジョ少年が「ハイル、ヒトラー!」と町を駆け回る。我々観客のテンションを一気に上げる演出は絶妙というしかない。

このオープニングの軽やかさと、空想のヒトラー、そしてヒトラーユーゲントのマヌケな教官たちが示すのは“コメディ”の感触。もちろん現実も描いているので、戦争映画としてのシビアな側面は十分。さらに子どもが主人公ということで、“感動”の要素も中盤から多くなっていく。『ジョジョ・ラビット』は、軽快さで引き込んで、骨太なテーマを伝え、気がつくと心を揺さぶられるという、傑作の見本のような構造がじつにうまく機能した映画なのだ。変な言い方だが、うっかり騙されて、その世界にどっぷり没入してしまう感じ。いろいろ頭で考える前に、本能で反応してしまう観客も多いことだろう。

2019年9月にお披露目されたトロント国際映画祭で、その没入効果はすでに証明され、観客賞の栄誉に輝いた。映画ファンならご存知だろうが、このトロントの観客賞はアカデミー賞にも直結することで有名。昨年度のアカデミー賞作品賞『グリーンブック』(18年)は、トロントでの観客賞で一気に賞レースの中心に加わった。過去10年で、トロントの観客賞からアカデミー賞作品賞にノミネートされたのは9回。90%の高確率である。その9本のうち、3本が作品賞を受賞している。アカデミー賞作品賞は、時として社会性が強かったり、批評家の評価が重視されたりするが、トロントの観客賞は一般観客がエンタメとして楽しんだ作品も多い。『グリーンブック』が人種差別をテーマにしながら、笑いと感動を前面に押し出した作品であったように、『ジョジョ・ラビット』も戦争をバックに、エンタメ色の強さが観客を虜にしたのだ。