国民的RPG『ドラゴンクエスト』が誕生してから今年で33年。ナンバリングタイトルからアニメーション、漫画を含めた外伝作品などがリリースされる度に話題を呼び、シリーズ作品をやっている人からやっていない人まで『ドラクエ』という略称が浸透するほどの人気シリーズだ。
そんな『ドラクエ』が初のフル3DCGアニメーションで制作された『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』が公開される。本作はシリーズの中でファンの間で最も熱く論議が繰り広げられる『ドラゴンクエストV 天空の花嫁』(以下ナンバリングタイトルはローマ数字表記)を題材にしており、ファンの間で熱い論争が行われてきた箇所がどのように行き着くのか、熱い眼差しが向けられている。ここでは『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』公開を前にあらためて『ドラゴンクエスト』の魅力を振り返っていきたい。
全ゲームユーザー必見の『ユア・ストーリー』
『ドラゴンクエスト ユア・ストーリー』は初めに、16bitのゲーム映像と3DCG映像を織り交ぜて、ラインハットでのヘンリー王子登場までの父パパスと主人公リュカの冒険を短くまとめており、映画を観ているというより、プレイ動画を観ている心地にさせてくれる。
また、『勇者ヨシヒコ』シリーズを観た人にとっては、『V』のリュカの格好をして“RPGあるあるネタ”などで奇天烈な行動を取るヨシヒコを演じた山田孝之が、『ユア・ストーリー』ではパパスの声を演じているので、思わずニヤけずにはいられないだろう。
音楽はおなじみのすぎやまこういち氏のメロディがマッチしていて大変心地良いのだが、何よりも特筆すべきは、アイテムを入手した時などの“ドラクエ効果音”。この作品では、的確なポイントで、かつ他の効果音を邪魔しない音量で流れるため、原作を覚えていなくても「そうそうこのタイミングで流れる!」という妙な嬉しさを感じる。
このように一見すると『ドラクエ』ファンの思い出に浸る映画のように思えるかもしれないが、そうではないと断言できる。『ドラクエ』をプレイしていなくても、この世に存在するあらゆるゲームをプレイするすべてのゲームユーザーに共通するあることをテーマにしているので、見逃してほしくない作品だと感じた(特にスクエニゲームユーザーは必見!)。
長年愛される『ドラクエ』シリーズの魅力
1986年に第1作が任天堂のファミコンでリリースされて以来、内容の善し悪しがわからないにもかかわらず、初日から膨大な売上を記録する『ドラクエ』シリーズ。ドラクエの生みの親として知られる堀井雄二氏の功績から、その魅力をあらためて精査してみよう。
シリーズ全体のゲームデザインに目を光らせ、シナリオを手がけた堀井氏。ゲームデザイナーは映画の編集のようなところで、ここがしっかりしていないとプレイヤーに退屈感を与えたりするので重要な役回りと言える。これと同時にシナリオを手がけているところも魅力の1つである。
ファミコンが出た黎明期のゲーム機はグラフィックや音源、果ては文字まで制約があり、カタカナは20文字しか使用できなかったのはファンの間でも有名な話で、この時に命名されたカタカナ表記の呪文が2019年現在まで使用されていると考えたら大変感慨深い。この当時の制約は文字種に限らず当然文字数にも及ぶため、他では見られない言い回しが使われプレイヤーを惹きつけている。代表例としては「へんじがない ただのしかばねのようだ」や「しかし ふしぎなちからで かきけされた」「ゆうべは おたのしみでしたね」など、文字数の制限があるからこそ“詳細な単語を省く”独特な言い回しは“堀井節”と命名されるほど現代に至るまで使用され、愛されてきた。
そうした容量の節約に追われているにも関わらず、“ぱふぱふ”などのおなじみのイベントは絶対に削除しないという“あそび”がシリーズの中に散りばめられている。こうした姿勢が“安心感”を生み、堀井氏とファンとの絆がより深まって、ドラクエブランドを長年続けてこられてきた理由の1つでもある。
また堀井氏はドラクエ制作にあるルールを設けている。その1つが“無口な主人公”だろう。ストーリーでは常にNPCが喋るだけで、主人公はほとんど喋ることがない。その理由は、主人公は常にプレイヤー自身であるからで、仮にひとたびでも主人公が自分の考えや気持ちを露わにすると、その瞬間からプレイヤー自身でなくなってしまう。喋らせないからプレイヤーがゲームの中の主人公になりきれるわけで、この環境で強大なラスボスを打ち倒すからこそ、他のRPGとは一線を画した没入感を提供してきた。こうした“主人公=プレイヤー”という環境作りはパーティー変更システムをはじめ、プレイヤーがストーリーの中で抱いた感情や思いを反映できるようゲームハードの進化とともにシステムが整えられてきた。