Jan 15, 2026 column

“記憶”に基づく映画『ウォーフェア 戦地最前線』は観客に戦争そのものを体験させる

A A
SHARE

鬼才アレックス・ガーランド監督が、世界を席巻するA24製作の下『シビル・ウォー アメリカ最後の日』を越える圧倒的没入感に挑んだ、映画『ウォーフェア 戦地最前線』が1月16日公開される。本作では、米軍特殊部隊の経歴を持つレイ・メンドーサを共同監督に迎え、彼のイラク戦争での実体験を極限まで再現する。

本作の舞台は2006年。アメリカ軍特殊部隊8名の小隊は、イラクの危険地帯・ラマディで、アルカイダ幹部の監視と狙撃の任務に就いていた。突如、市外で始まった全面衝突。退路もなく完全包囲される中、隊員たちに、さらなる銃弾が降り注ぐ。小隊は逃げ場のないウォーフェア(=戦闘)から如何にして脱出するのか。『シビル・ウォー アメリカ最後の日』で国家の分断と内戦をリアルに描いた二人の監督は、本作ではどう戦争を描いたのか。

世界を寓話化してきた映画作家が寓話をやめた日

世界の歪みを寓話化するストーリーテラー。もしくは、現実をジャンル映画へと変換する思考実験者。イギリス生まれの映画監督アレックス·ガーランドは、現代の社会·政治問題をそのまま映し出すのではなく、SFやホラーに置き換えることで、観客に問いを投げかけてきた。

例えば、彼が脚本家として参加した『28日後…』(2002)は、一見すると謎のウイルス流行によって世界が崩壊する、ゾンビ映画のような装いをまとっている。だが本当に暴走するのは怪物ではなく、制御を失って集団パニックに陥る人類そのもの。パンデミックは、社会の内部に溜め込まれていた攻撃性や不安を、一気に噴き出させるための装置なのだ。

『わたしを離さないで』(2010)では、臓器提供のために生まれた子どもたちの人生を通して、搾取が暴力ではなく制度として機能する社会構造を露わにし、監督デビュー作『エクス·マキナ』(2015)では、知性·身体·性がいかに権力として管理されうるかを、研究施設という密室実験の中に封じ込めてみせた。

その後も彼は、気鋭のフィルムメーカーとしてソリッドな作品を世に放っていく。自己崩壊·変容のプロセスを、SF形式で描いた『アナイアレイション −全滅領域−』(2018)。トキシック·マスキュリニティを、同じ顔が増殖するという異様な構造で可視化した『MEN 同じ顔の男たち』(2022)。「もしアメリカで内戦が起きたら」という高度なシミュレーションを通じて、分断の空気を可視化した『シビル·ウォー アメリカ最後の日』(2024)。

だが、最新作『ウォーフェア 戦地最前線』(2025)では、その方法論をあえて裏切ってみせる。舞台となるのは、2006年11月に米軍特殊部隊の市街地作戦が実際に行われたイラク·ラマディ。IED(即席爆発装置)によって仲間が負傷し、建物に閉じ込められたまま、救援をひたすら待ち続ける一部始終が、ほぼリアルタイムで描かれる。

ここには、善悪の対立も、戦争の意味づけも用意されていない。敵は姿を見せず、政治的スローガンも語られない。あるのは、いつ終わるのか分からない緊張、突然の爆発、負傷者を前にした混乱。観客は解釈のための距離を与えられないまま、兵士たちと同じ空間と時間に閉じ込められる。

『ウォーフェア 戦地最前線』は、これまでのガーランド作品が行ってきた<現実を寓話へ変換する>プロセスを意図的に停止させている。象徴に置き換えることも、誇張によって思考の余白を作ることもしない。意味が生成される前段階の、「経験そのもの」を突きつける。この転換の背景にあるのが、本作の共同監督を務めたレイ·メンドーサだ。

戦争を語らず記憶に委ねるという選択

二人の出会いは、『シビル·ウォー アメリカ最後の日』の撮影現場にさかのぼる。ホワイトハウス襲撃シーンのリアリティを支えるため、軍事監修として招聘されていたのが、元米海軍特殊部隊員のレイ·メンドーサだった。やり取りを重ねるうちに、彼はイラクで経験した市街地作戦の記憶を語り始める。

「始まりは、アレックスが“当時の経験から語りたい物語はあるか?”と聞いてきた瞬間だったと思います。20年に及ぶ戦争の中で、語れる話は山ほどあります。レンジャーやグリーンベレー、海兵隊員の知人もたくさんいますから。しかし、自分が語りたい物語は何だろうか、そして、その物語を語る覚悟が自分にあるのか、と自問しなければならなかった」

元々、アレックス·ガーランドには、「可能な限り正確に戦争を扱った映画を作りたい」という野心があった。説明や解釈を重ねるほど、作品は現実から遠ざかってしまう。その疑念の先で、二人が共有したのは、戦争を描写するのではなく、戦場に存在した時間そのものを再生するという発想だった。こうして、語りを放棄し、記憶の再現に徹する映画として、『ウォーフェア 戦地最前線』のプロジェクトが動き出す。

まず最初に定めたルールは、「出来事の連なりから何も削らず、存在しなかったことを加えない」ということ。アレックス·ガーランドは、レイ·メンドーサをはじめ、作戦に従事した多くの人々にインタビューし、それを脚本に落とし込んでいく。だがその作業は、想像以上に困難を極めるものだった。

「ある人は“自分がそれをやった”と言い、別の人も“自分がやった”と言う。そんなときは探偵のように真相を突き止めなければならなかった。ここが記憶の奇妙なところです。何かを“見た”だけなのに、それを自分がやった行為として記憶してしまうことがある。重い題材を扱うだけに、私たちは慎重に手探りをしながら進めていきました」

この映画の冒頭には、「この映画は彼らの記憶をもとに再構成されたものである」というテキストが明示される。「実話に基づく」ではなく、「記憶に基づく」。多くの戦争映画が掲げる「実話に基づく」という言葉は、一見すると事実への誠実さを約束するようでいて、実際には物語性を正当化する免罪符として機能してきた。観客は「これは本当に起きたことだ」と思うことで、複雑で回収不能な現実を理解した気分になってしまう。その快い錯覚こそが、戦争映画の持つ最も危うい装置だったのだ。

ガーランドとメンドーサは、その回路を意図的に断ち切る。「これは真実だ」とは言わず、「これは彼らの記憶だ」と宣言することで、記憶が本質的に不完全で、主観的であることを前提に据える。これは逃避ではなく、過剰なまでの、事実への献身だ。

一本線の時間に観客を閉じ込める

映画は、エリック·プライズの「Call on Me」に合わせたエアロビ動画から始まる。兵士たちは異様なほどハイテンションで、無邪気に、ほとんど馬鹿騒ぎのように身体を動かしている。あまりに軽薄で、あまりに不釣り合いな導入。だが重要なのは、この場面が観客を油断させるための演出ではなく、実際に彼らが戦地で行っていた行為の再現であることだ。ここには、物語的な仕込みがない。

作戦が始まり銃撃戦が起こると、状況は一変していく。荷物を取り忘れる。負傷兵を運ぶ際に靴が引っかかる。モルヒネの注射を上下逆に持ち、自分の指に打ってしまう。小さなミスの集積によって、時間だけが引き延ばされ、事態は取り返しのつかない場所へ滑り落ちていく。ここで描かれるのは、英雄譚でも失敗談でもなく、まるでVlogのような生々しい時間の記録である。

そういった感覚を音声設計が決定的に補強する。爆発の直後、音が消える。世界がくぐもる。無線の交信が重なり、情報は意味を失ったノイズへと変わる。そして、負傷兵の叫び声だけが異様なほど長く、執拗に残り続ける。人間は、映画が教えてきたようには簡単に死なない。痛みは一瞬で終わらず、時間として居座り続ける。その事実が、観客の身体感覚に直接突き刺さっていく‥‥。

この題材は本来、複数の証言を並べる「羅生門」的な多視点構造にもなり得ただろう。だが彼らは、その道を選ばなかった。もし視点が分岐すれば、観客は「どれが正しいのか」「誰を信じるべきか」という知的なゲームを始めてしまう。それは、戦争体験を理解可能なパズルへと変換してしまう行為にほかならない。

『ウォーフェア 戦地最前線』が選んだのは、「真実を比較する構造」ではなく、一本線の時間に観客を閉じ込めること。「何が正しいか」を問う前に、戦争そのものを体験させる。しかも、この映画には文脈すらも存在しない。「文脈はしばしば、でっちあげです。感情移入のための恋人の話、家庭の話。それを削ぎ落とすことで、純度が生まれました」とアレックス·ガーランドは語る。理解よりも先に、身体が反応してしまう。それこそが、本作の核心なのだ。

ドゥニ·ヴィルヌーヴが『ボーダーライン』(2015)や『『DUNE/デューン 砂の惑星』(2021)で、暴力や運命を圧倒的な崇高美へと昇華させ、観客をその美学の中に沈潜させるのだとしたら、ガーランドはその逆を行く。彼は映画が持つ“美しく整える力”を拒絶し、観客を泥臭い、整理のつかない戦場へと送り出した。『ウォーフェア 戦地最前線』という映画に刻まれているのは、答えに至る前の、戻れない時間そのものなのである。

文 / 竹島ルイ

作品情報
映画『ウォーフェア 戦地最前線』

2006年、イラク。監督を務めたメンドーサが所属していたアメリカ特殊部隊の小隊8名は、危険地帯ラマディで、アルカイダ幹部の監視と狙撃の任務についていた。ところが事態を察知した敵兵から先制攻撃を受け、突如全面衝突が始まる。反乱勢力に完全包囲され、負傷者が続出。救助を要請するが、さらなる攻撃を受け現場は地獄と化す。混乱の中、本部との通信を閉ざした通信兵・メンドーサ、指揮官のエリックは部隊への指示を完全に放棄し、皆から信頼される狙撃手のエリオットは爆撃により意識を失ってしまう。痛みに耐えきれず叫び声を上げる者、鎮痛剤のモルヒネを打ち間違える者、持ち場を守らずパニックに陥る者。彼らは、逃げ場のないウォーフェア(戦闘)から、いかにして脱出するのか。

脚本・監督:アレックス・ガーランド、レイ・メンドーサ

出演:ディファラオ・ウン=ア=タイ、ウィル・ポールター、ジョセフ・クイン、コズモ・ジャーヴィス、チャールズ・メルトン

配給:ハピネットファントム・スタジオ

© 2025 Real Time Situation LLC. All Rights Reserved.

2026年1月16日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開