Apr 05, 2024 column

プロレスファン以外こそ観るべき 『アイアンクロー』は価値観の呪縛を解き放つ

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本日、2024年4月5日『アイアンクロー』が公開された。本作は、1960〜70年代にかけて日本でも活躍しジャイアント馬場、アントニオ猪木らと激闘を繰り広げた、”アイアンクロー=鉄の爪”の異名を持つフリッツ・フォン・エリック、その息子たち、ケビン、デビッド、ケリー、マイクという家族の数奇な運命を描いたもの。史上最強を追い求めたプロレスラー・ファミリーの前に、幾度となく不幸が立ちはだかり彼らは「呪われた一家」と呼ばれていた。

物語はザック・エフロン演じる、次男ケビン・フォン・エリックを中心とした濃密な家族の絆、リングでの熱闘、そしてプレッシャーが赤裸々に描かれる。実話を基にしたストーリーで、プロレスファンには、説明不要の家族だが、本作はプロレスファンではない人にこそ観てほしい。理由は、昨今、よく見られるアメリカ伝記ものとしてではなく、純粋なヒューマンドラマとして観てほしいからだ。

事実に”基づく”ヒューマンドラマ

アメリカの伝記ものといえば、先の第96回アカデミー賞で、最多7冠に輝いた『オッペンハイマー』が話題だが、憧れのスターがテーマという点で、第91回アカデミー賞で4部門に輝き、日本では興行収入131億円を記録した『ボヘミアン・ラプソディ』が本作に近い。世界中が熱狂した「クイーン」のボーカル、フレディ・マーキュリーの伝記ドラマだが、時系列の変更や、意図的に創作し事実をアレンジして描かれていた。これによりファンの間では批判や論争が巻き起こっていた。

これを受けて、クイーンのギタリスト、ブライアン・メイは、あるインタビューで「ドキュメンタリーじゃないから、すべての出来事が順序立てて正確に描写されているわけじゃない。でも、主人公の内面は正確に描かれていると思う。フレディの夢や情熱、強さと弱さが正直に描かれているからこそ、観客とのつながりを感じてくれたんじゃないかな」と語っている。

伝記ものの冒頭には、”Based on a true story.””Inspired by true events.”など、「実際の出来事に基づいている」「実際の出来事からインスピレーションを得た」という意味のテロップが上がるが、どうしてもファンは、リアルなストーリーを熟知しているため、事実と物語の差異が目につきがちだ。実際、時系列の前後はあるし、末弟のクリス・フォン・エリックが登場しないなど、事実との違いはあるが、本作はドキュメンタリーではない。

エリック兄弟の中で唯一生存するケビン・フォン・エリック本人が、映画化にあたりこだわったのが、”兄弟の絆を描く”ことだった。実際、鑑賞してみると、兄弟愛の強さに魅かれてしまう。だからプロレス知識を振りかざしてストーリーを斜めに観てほしくない。そして『アイアンクロー』は、エリック兄弟の現役時代を知る40代から50代の中年層向けの映画としたくはない。

本格的なプロレスリングシーン

とはいえ、プロレスの凄みはスクリーンから観客に迫ってくる。往年のレスラー、ハリー・レイス、ブルーザー・ブロディなどの再現度をもさることながら、エリック兄弟を演じた役者陣の肉体改造に驚かされる。主演のザック・エフロンは、現役時代のケビンよりもマッチョじゃないかと思うほど体を作り込んでいる。

加えて試合運びだ。原稿を書くにあたって、当時の映像を確認したが、本物よりエキサイティングなファイトに感じた。もちろん映画的な魅せ方もあるが、リング上での攻防はとてもワクワクした。

監督を務めたショーン・ダーキンは自らを「プロレス狂」と評し、幼少期から裸足のケビンの大ファンだったと言う。その思いに嘘偽りないこと、並々ならぬ思いが溢れていることは、スクリーンを観れば明らかだ。

劇中でも繰り広げられる、ダラス・スポータトリアムで行われたザ・ファビュラス・フリーバーズVSエリック兄弟(ケヴィン、デビッド、ケリー)のシックスメンマッチをはじめとした、試合映像が「プロレス最強列伝 プロレスの名門エリック一家 壮絶な大死闘!」(Prime Video)で再確認できるので、気になる方は見比べてほしい。
ケビンの高い跳躍からのドロップキック、デビッドのアイアンクローといった得意技、ステップの刻み方など、プロレスの所作がそっくりで、よく研究されているのがわかる。

それもそのはず、元レスラーのチャボ・ゲレロ・ジュニアが、コーチ兼ファイトコーディネーターとクレジットされており、メインの俳優たちは、みんな彼から指導を受けているそうだ。