「役者だから言葉より動いたほうがわかりやすい」
演出家としての柄本明は、冒頭のように笑い転げるだけではなく、言葉を尽くして説明したり、自ら動いて見せたりと、突き放すどころか、穏やかで細やかかつ、具体的な演出ぶりが印象的だ。
「まあ動いて見せるのは、自分が役者だから、言葉より動いた方が、わかりやすいということかな。別に、こっちが見せたのと同じ動きをしろ、ということではないんですよ。目で見る方が言葉より伝わりやすいですからね。
言葉は無力とは言わないけど、やっぱり、その言葉を、頭で理解しなくちゃいけないですから。言葉って、こうやって、とめどなく出てくるから、時には間違った単語や言い回しも使うわけで、その場合には、『聞いている方で篩(ふるい)に掛けてよね』という作業が必要になりますからね。
演出ということで言えば、たとえば、こっちから向こうにこう歩いて、といった指示の類いも演出ではあるかもしれないけど、 要は、『その人(=演出家)に見られる』ということそのものが、演出なんですよ。
自分の経験では、『うなぎ』という映画で初めて今村昌平監督と仕事をした際、テストの時には何ともなかったのに、本番になって『用意、スタート!』という監督の声を聞いた途端に、身体が動かなくなりましたもんね。なんでしょうかね。今村昌平というカリスマの前で、『ああ、ぜんぶ裸にされちゃうんだな』ということを感じたせいですかね。こうなるともう、言葉の問題なんかではないですもんね。
だって、そうじゃないですか。誰かに『見られる』ということで、人は変わっていくものでしょう。たとえば『この人が相手だったら、用心深くしなきゃいけないな』とか、『ああ、こいつなら大丈夫だ』とか、常にそんなもんでしょ。芝居なんてものは、そうやって役者と監督/演出家が、お互いに値踏みしながらやっているもので、お客様は、その両者の事情を見ているわけですよ。だから、山崎さんが『稽古場でカメラを回したい』と言ってきたのは、ものすごくよくわかりますよ。役者と演出家の間の事情が見たいということですよね。それだって、山崎さんじゃなかったら、お断りしていたかもしれないわけで」
そこも値踏みの結果クリアされ、晴れて貴重な柄本明の百面相が見られることとなった。
稽古中の笑い声も衝撃的だったけれど、舞台の初日があけて以降も、父は時折フラッと現れては、息子たちを怖がらせていた。千秋楽には芝居の最中にひとこと「殺すぞ」と伝えて、二人を震え上がらせたという。こういうこと、わりとよくやるらしい。
「まあ何が得で、何が損かということですよ。やさしく言った方がいいのか、厳しく言った方がよくなるか。ただ怒りにまかせて言うわけじゃない。そこに戦略はありますよ。まああの時『殺すぞ』と言ったのは、ほんとにそう思ったからだけど(笑)」
やっぱり戦慄しかない。柄本家の父はおもコワすぎる。
取材・文/伊達なつめ
撮影/根田拓也
1948年生まれ、東京都出身。
1974年、自由劇場に参加し俳優活動を始める。
1976年、劇団東京乾電池を結成。座長を務める。
1998年、映画「カンゾー先生」(今村昌平監督)にて第22回日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞。以降、数々の映画賞を多数受賞する。映画のみならず、舞台やテレビドラマにも多数出演するとともに、舞台の演出も数多く手がけている。
2011年には紫綬褒章を受賞。
2019年4月20日(土)よりユーロスペースにてロードショー
撮影・演出 / 山崎裕
出演 / 柄本明 柄本佑 柄本時生 劇団東京乾電池のみなさん
配給 / ドキュメンタリージャパン
2018年 / 64分 / 日本 / ステレオ / HD作品 / カラー
公式サイト / http://emotoke-no-godot.com/