注目の作家・沼田まほかるが2011年に発表した小説『ユリゴコロ』。迫真の心理描写で話題となった作品で、衝動的に殺人を重ねる主人公・美紗子を演じた吉高由里子。センセーショナルなトピックを扱った作品に挑んだ彼女に、今作についての思い、そして彼女自身の心のユリゴコロ(劇中で幼い頃の美紗子が“拠りどころ”を“ユリゴコロ”と思い込むところから発生したキーワード)を語ってもらった。
──今回、吉高さんが演じた美紗子という役は“人間の死”を心の拠りどころにしているというかなりインパクトのあるキャラクターでした。ストーリーも衝撃的なものですが、1番初めにどのような形でこの作品に触れましたか?
まずは脚本を読むところから始めました。それで思ったことが、“こういうテイストの作品って久しぶりだな”ということで。最近はテレビドラマのお仕事が多くなっていたけど、もともと私はこういう作品から始まっていたから、テレビで私を知ってくれた方をびっくりさせてしまうかもしれないな、と思ったりもしました。
──『ユリゴコロ』のどちらかというとダークなトーンの作風に、吉高さんの映画初主演作の「蛇にピアス」を想起する方も多いかもしれませんね。
とはいえ、初挑戦の殺人者役ですし、演じたことのないキャラクターの持ち主ですし、内容も興味深かったし、美紗子が持っている人形の名前が“ユリコ”だったりと、惹かれる要素がとても多かったんです。やってみたいな、と素直に思いました。
──チャレンジングな役柄だったのではないですか?
脚本を読んだ時点ではそんな風には思っていなかったんですけど、実際に撮影が始まってからは正直大変なことの連続で。脚本を読んで思い描いていたものの何倍も現場に入ってからの方が大変でした。
──具体的にはどんなことに苦労されたんでしょう。
撮影中ずっと天気が悪くて雨の日続きでしたし、寒いし、暑いし、痛いことも多くて。いつも現場に入ると一緒に撮影を乗り越える戦友みたいな人が必ずいるのですが、今回の美紗子は殺人を重ねていく役なこともあり、共演者も少なくて、ほとんど1人でいることが多かったのでさみしかったですね。洋介役の松山ケンイチさんが参加してからは、松山さんが現場で一緒に戦うパートナーでした。私はあまり役に引っ張られるタイプじゃないと思っていたのですが、今回のロケ地のひとつである群馬県が持っていた雰囲気と、夏という季節の中に停滞している暑い気温、台風が来る前の気圧の重くなる感じだったり、そういう空気感に引っ張られてしまい、あまりハッピーではいられなかったんです。
撮影中は美紗子と自分との境界が曖昧な感覚がありました
──役柄と自分へと戻るスイッチはどんなタイミングで切り替えていたんですか?
撮影中は群馬へ行ったきりで、ホテルと現場の往復のみだったんです。だからスイッチは用意していなかったし、“本当の私らしさって何だろう”と自問する隙間もなくずーっと美紗子が継続している感覚で。役との境界が曖昧だったような気がします。それはそれで作品としては良いことだったのかもしれませんが、なかなか簡単ではない現場でした。
──吉高さん演じた美紗子についてお伺いしたいのですが、彼女についてどう思っていました?
……難しいですよね。共感はとてもできないし、到底わからない。ただ、愛情というものを知ってからの美紗子は、怖い、うれしい、さみしい、痛い、生きたい、そういう感情の動きを生まれて初めて知っていく。自分の中に芽生えた“生きたい”という性にも戸惑いながら過ごしていって、誰かが誰かを守ろうとする愛情は混じりあった末に、映画は結末を迎えるんです。ミステリーの要素も強いし、サスペンス的な面もありますけど、私としてはラブストーリーという部分に着眼点を置いていただけたらなって思うんです。それは男女の愛だけではなく、切っても切れない血の繋がりだったり。
──感情の欠落しているように見えた美紗子が愛情を知り変化していく姿をお芝居の中ではどのように表現しようと心がけていましたか?
私としてはなるべく順撮りで進めたかったけど、どうしても難しい部分に関しては、現場で監督に細かく確認するようにしていました。美紗子はセリフも少ないし、感情が表に出ないフラットな役なので、そういう部分ではあまり苦戦はしなかったんです。美紗子は空っぽな分、相手のお芝居のリアクションだけで成り立っていたので、基本的には全て受け身でいました。自分の間ではなく、相手のお芝居を受けて動くことって初めての体験で。美紗子自身、来るものに全て当たっていくような人で、避けることも構えることもしないので、私もそういう風にいることができました。ちょっと引いた目線で見ることもできたので、“この人のお芝居っておもしろいな”などと感じながら、いつもよりその場を把握できたように思えます。
──内面的な部分以外で美紗子になるために工夫したことがあれば教えてください。
過去パートでの美紗子は昭和っぽい雰囲気を出すために、ロングコートやレトロなワンピースを選んだりしていました。メイクはほとんどせず、“生きたい”という性を感じさせないような外見に仕上げてもらいました。
──劇中で重要な役割を果たす美紗子のノートですが、実際にノートへ書き込むシーンがありましたね。
そうなんです、全部自分で書いたのですが、書くことにあまり慣れていなかったので恥ずかしかったですね。書いている最中を撮られていると書き順も意識してしまうし、こんなに緊張するもんなんだな、と。私自身は左利きなのですが、監督に相談したら、美紗子には人と違うことを気に留める感情は欠けているだろう、ということで左手のまま演じました。つい先日にあった記者発表のときに亮介役の松坂桃李さんも左利きだということを知り、とても驚きました。