年老いた母と自閉症の息子が、社会の中で生きていく様を温かく誠実に描いた映画『梅切らぬバカ』。50歳の息子・忠男には塚地武雅、自宅で占い師をやりながら忠男と暮らす母親の珠子を、加賀まりこが演じる。
発達障害を抱える当事者同士の交流を記録したドキュメンタリー映画『だってしょうがないじゃない』(19)で編集を務めた和島香太郎が監督と脚本を担当し、地域コミュニティとの不和や偏見といった問題を取り入れながらも、日常の尊さや親子の絆を描いた人間ドラマだ。映画が11月12日に公開するにあたり、今回は「忠(ちゅう)さん」こと忠男を演じた塚地武雅さんに、役作りや今年50歳を迎える今のお気持ちを伺います。
――まずは、今回のオファーを受けた時のお気持ちを教えてください。
最初に今回のお話をいただいた時は、難しいテーマの作品ですし、「僕で大丈夫なのか」という気持ちが大きかったんです。言っても僕はお笑い芸人だから、ともすれば「ふざけている」という風に見る人もいるかもしれない。あるいは、バラエティーでの僕を知っている方は「ドランクドラゴンの塚地だ」と思って見るから、作品の邪魔になるような気がしたんです。なので、そういう余計な視点みたいなものを持たずにお客さんにこの作品を見てもらえるのかという不安がありました。
――そんな不安を払拭したのが、和島監督からの熱烈なオファーだったそうですね。
作中で、珠子さんが「この街の有名人になりなさい」というセリフがあるのですが、忠さんが徐々に周りの人たちに愛されていく感じが、テレビで見た僕の姿になんとなくリンクしたそうなんです。監督の思う“忠さん像”に近かったらしく「ぜひ塚地さんにお願いしたい」と熱心に言っていただいたので、その期待に応えたいという思いが勝り、あとは真摯に、ひたすら“忠さん”になれるようにと思ってお受けしました。
――気丈に忠さんを支える母親役の加賀まりこさんもすてきで、二人のやりとりが微笑ましかったです! 撮影中、加賀さんには役に対する悩みを相談されたそうですね。
加賀さんの身近にも自閉症の方がいるそうで、「その人はこういうことをするよ、こういう癖があるよ」っていうお話を聞かせていただいて、それを自分の役に踏襲しながらやったという感じです。
――加賀さんとは今回が初めての共演だったのですか?
そうなんです。僕にとって加賀さんはベテラン中のベテランさんで、色々な修羅場も潜り抜けてきた名女優さんであることも存じ上げておりますし、バラエティー番組で歯に衣着せぬトークをされるイメージがあったから、お会いするまではある意味怖かったです(笑)。それに「僕のことを知ってくれているのかな?」とか、「僕の印象って悪くないのかな」っていう不安はありました。
僕、最初の顔合わせと本読みの日の前に、グループホームに見学に行かせてもらったんです。そこにいる方々と一緒に過ごさせてもらったり、職員の方に色々と説明を聞いたりするうちに、「果たして僕に忠さんを演じられるのだろうか」という不安や悩みみたいなものを抱えながら、初日の本読みに行ったんですね。そうしたら、加賀さんから「ちょっと悩んでいるでしょ」と言われまして。「グループホームに行って、現場を見て来たらそうなるだろうな」っていう僕の不安をすぐに見透かされていて、もう、あっという間に「お母さん」になっていましたね。
――お二人の共演シーンで、何かアドリブはあったのですか?
僕は「何時何分に何をする」っていうことだけを考えて演じていたので、それ以外のところは何も決めていませんでした。「おはよう」とか「行ってきます」みたいな、言われたら忠さんが返すであろう言葉は言うけど、それ以外のことは何も決めずにカメラを回していたような感じです。ごはんを食べていて僕の口元に何かついたらそれを珠子さんが取るっていう行動も、計算でもなんでもないんです。
――食事中に珠子さんが忠さんの口元を拭う仕草も「お母さん」としての自然な仕草だったんですね。
家での忠さんは、朝起きて、着替えて歯を磨いて、朝ご飯を食べて・・・というルーティンをこなしているだけなんです。その最中にお母さん役の加賀さんが忠さんのフォローやケアをしてくれるというシーンがあるんですけど、加賀さんに全てを預けて演じていたら、自然と親子にさせてもらえるというか。ほかにも、グループホームや引っ越してきたお隣さんなど、行く現場で忠さんに携わる人たちが「忠さん」を作ってくれるので、僕としては、場所は変われど、忠さんとしてはずっと同じ感覚でいる、ということを大事にしながら演じました。