「さよなら 丸の内TOEI」プロジェクトとは? 東映社員の有志メンバーが仕掛けた閉館イベントの舞台裏 ① 〜プロジェクトのはじまりとチームの編成

東映株式会社 映画編成部マーケティング室 所属
“さよなら 丸の内TOEI ” プロジェクト

リーダー

富﨑 勇太

――東映会館の再開発プロジェクトは大分前からあったと思いますが、そもそもの建て替えと「さよなら 丸の内TOEI」プロジェクトの立ち上げのタイムラインを教えていただけますか?

僕らがプロジェクトを立ち上げた経緯をお話しするとわかりやすいと思うので、それを中心にお話します。東映会館が再開発で移転するという話は当然だいぶ前からあったのですが、我々社員が「25年7月に丸の内TOEIが閉館」ということを正式に知ったのは、1年くらい前、昨年の春くらいだったんです。

――え? お勤めされている皆さんへの告知も1年前だったんですね。

そうなんです。建て替える、移転するということは知っていても、明確な時期を聞いたのはそのとき、その直後くらいですかね。初めてこの話が出たのは、飲み会の席でした。近所に住んでいる社員同士で飲む会がもともとあって‥‥集まったメンバーと閉館の話になったんです。映画館の最後っていうのは、丸の内TOEIに限らず、「さよなら興行」と銘打って、その劇場でヒットした旧作で特別編成をするということはよくあるので、「自分が最後に上映したい作品は?」といった話になりました。その話題が盛り上がってきたところで「イベントを自分たちで企画してやってみたいね」というアイデアが出たんです。

――特別興行だと劇場と編成が主導するのが常ですが、その飲み会のメンバーはその部署の人たちだけではないですよね。しかも皆さんお若い。

はい。部署に関係なく集まっていますので。それで、この話自体が飲み会での話題だったこともあり、その場で終わるかなと思っていたんですが、その翌日、あるメンバーが「昨日言ってた話ってこういうことですよね」と概要をまとめてくれてまして。

――酔ってなかった!

酔っぱらっていた割には覚えてるんだ、と思いましたね (笑) 。それで、その概要を企画書としてまとめて、上長に提案してみました。すると、上長からは「すごくいいからぜひ進めなさい」と。この取材の前に当時のスケジュールを確認したのですが、24年6月17日に上長に話をした記録が残っていました。これがこのプロジェクトの最初の一歩ですね。

――上長からポジティブな反応がきたのは嬉しいですが、そもそもこのような部署に関係ない有志の企画は、東映内で前例があったんですか?

前例はないんです。なので、最初は飲みの場で話が盛り上がったときと同様、ノリで勝手に有志を募って動き始めようと思ったのですが‥‥そう簡単にはいかず。会社で正式なプロジェクトとしての認可を受けなければならないとか、そもそものプロジェクト自体の規定を会社が作らなくてはならないとか。プロジェクトとして動き始める前にやることがけっこうたくさんあったんです。そこに時間がかかってしまって、社として正式に「さよなら 丸の内TOEI」プロジェクトが承認〜発足したのが24年9月になります。

――時間がかかったとはいえ、よかったですね。御社のような大きな組織で、会社のイメージにつながる大プロジェクトが3ヶ月で承認を得られたのは、かなりスピード感があるほうかと。

そうですね。まずこの話を応援してくれた上長にも感謝ですし、飲み会での話を覚えていてくれたメンバーにも感謝ですし。プロジェクトに参加する人たちが最初から同じ方向を向いていたように思えます。そこからは本当に急ピッチにことが進みました。

――閉館日のプレスリリースが出たのは25年1月なので、プロジェクトが発足したとはいえ、数カ月は極秘でしたね。

そうですね。丸の内TOEIの閉館日を25年1月16日にプレスリリースすることになりましたが、そのときに同時にこのプロジェクトが発足したこともリリースしないといけませんから、プロジェクトで何をするのかなどの概観を作る準備を進めていました。それとともに、弊社が大変お世話になっている吉永小百合さんや北大路欣也さん、舘ひろしさんなど俳優の皆さんにコメントをお願いしたり、といった作業をしていました。

――名優のみなさんがコメントを出されたのはすごいインパクトでした。では、24年の年内、プロジェクト自体はどのように進めていったんでしょう?

まず、こういうプロジェクトを作りました、ということの社内説明会を数回開催して、社内への周知を図りました。それと同時に、さよなら興行でどういう作品を上映してほしいか、作品上映だけでなく特別なイベント企画などでやりたいことは? など、社内から自由にアイデアを募る時間をとったのが昨年末までにやっていたことです。なので、情報解禁したタイミングでは、実はまだどんな作品を上映するかまではきちっとは決まっていなかったんですよ。

――プログラムは情報解禁後に決まった!? あれだけの作品数で全て話題の旧作となると、いくらIPビジネスをしている御社と言えど調整がかなり大変ですよね。

権利の話は築井から話があると思いますが、それよりも素材の問題がけっこうな壁でして‥‥。丸の内TOEIではデジタル上映しかできないので、旧作となるとフィルム素材しかないというタイトルが多数あったんです。しかも、社員からの希望を募って特にリクエストが多かった作品が、デジタル化されていない「東映まんがまつり」だったんですよ。

――わかります。自分が社員だったとしても絶対に希望を出してますから。でも、入っていないですよね。これは権利クリアの問題で入らなかったんだと思い込んでいましたが違うんですか?

違うんですよ。主に物理的な問題です。そもそもの素材がフィルムでしか残っていないということもありますが、「まんがまつり」という特集をするとなると、そこから抜粋するとはいえ、作品数が膨大になります。たとえば、「まんがまつり」のタイトルをシリーズで上映するプログラムを組むとなると、それだけで枠が埋まってしまう。80日間100作品くらいあるさよなら興行で「まんがまつり」一色になってしまう。結果、残念ながら「まんがまつり」を編成することができませんでした。ただ、特にリクエストが多かったタイトルについては、単品の作品として採用しています。

――リクエストも多かったんですね。

めちゃくちゃ出てましたよ。なのでこちらも断腸の思いで。

――プロジェクトメンバーはどう編成されました?

最初は飲み会に集まっていたメンバーでしたが、プロジェクトが承認される9月までに、足りていない部門のメンバーにも参加してもらおうということになりました。初期メンバーはほとんど映画部門の所属なんですよ。私も今は編成部におりますし、他のメンバーも宣伝部や企画部など映画のセクションばかりだったんです。けれども、社のプロジェクトとして広くやろうとすると、それだけでは立ち行かないところがあるので、たとえば広報や総務などの人材が必要です。そこで、追加で参加してもらいたい部門から数名に声をかけていきまして、9月の発足時には今のメンバーが揃いました。

――全員通常業務ではない兼務となりますが、お声かけした方々は皆さん嫌がりもせず?

私も含めて、声をかけた当時はどれくらい大変なのか分からなかったというのがよかったのかもしれませんね (笑) 。今、めちゃくちゃ大変なので、今お願いしたら断られちゃうかもしれない。各々のメンバーの通常業務との兼ね合いまでは、私も怖くて聞けていないですけど、かなり大変だったとは思います。しかも、部署ごとに仕事のピークが全然違いますから。

――最終的にこのプロジェクトのメンバーとしてクレジットされる方は何人ですか?

劇場を運営している映画興行部が丸の内TOEIまわりのことを担っているんですが、プロジェクトで動いているメンバーとしては16人です。基本、有志でやっているメンバーと、後から声をかけて参加してもらっているメンバーで構成されているので、あまり多くなりすぎてもやりにくい部分もあったと思います。

――ゲスな話ですが、社長を含め、ベテラン社員からは総じてポジティブな反応だったんですか? それとも邪魔が入りました?

邪魔は全然ないんですよ。私はメンバーのなかでは年次が少し上で社内的には中堅ですが、ほかはみな若手なので、ベテランの社員からすると心配されているんじゃないかと感じていました。特に作品のセレクションのときは不安でしたね。若いメンバーばかりですと、やはり古い作品に対する知識は少ないですから。社を支えた大事な作品をちゃんとおさえられるかということも含めて、ベテランからしたら気が気じゃないのではないか、と思ったこともありました。が、社内募集によって古い作品もおさえられましたし、若いメンバーの自由な発想を応援してもらえていると感じます。プロジェクトの上映イベントが露出するようになってからは、全社的に目に見えて盛り上がってきています。

――とてつもなく豪華な舞台挨拶が続いてますものね。

最初のイベントは、5月11日の『仁義なき戦い 広島死闘篇』(1973) での北大路欣也さんの舞台挨拶だったんですが、そこからイベントを実施するたびにものすごい数のお客様が丸の内TOEIにいらして盛り上がっているのを肌で感じられるようになったことで、社内の空気が変わっていったように思います。最初はさよなら興行以外に何をするのかよくわからないプロジェクトに見えていたと思いますが、最近は率先して広めようとしてくれる人が多くなりました。

――一般のメディアでの露出も格段に増えましたよね。メジャーメディアがほとんど同時に報じたのは『スケバン刑事』歴代3人が揃った舞台挨拶でした。

実はあの企画は、グループ会社の東映ビデオからの提案で。イベント時に発表もしましたが、テレビシリーズをHD版Blu-rayで新しくリリースする企画があったんです。その発表の場として3人が揃うイベントをキャストのみなさんにお願いするにあたって、「さよなら 丸の内TOEI」はその舞台に相応しいと思うのだがどうだろう、と提案をもらったんです。

――ということは、富﨑さんは歴代3人のスケバン刑事があのシリーズのプロモーションとして顔を揃えるすごさはあまり知らなかった?

そうなんです‥‥。恥ずかしながら、御三方が揃うということがどれぐらいすごいことか私があまりわかってなくて。御三方が揃うことが決まり、情報解禁してからは、それこそ一般の皆さんもそうですが、社内でもスケバン世代の社員からも「これはすごい!」と大騒ぎになりました。

――3人も「さよなら 丸の内TOEI」プロジェクトという柱があったから参加してくれたのかもしれませんよね。

そうかもしれません。スケバン刑事として初めて3人が揃った歴史的瞬間となりましたが、私達としてもリアクションの大きさにびっくりしました。舞台挨拶は、私達プロジェクトメンバー主導でオファーをかけたパターンと、メンバー以外から提案をいただいたパターンとあるのですが、ほんとにキャストの皆さんには前向きに検討いただけているんですよ。正直、ここまで実現できるとは思っていませんでした。ほとんどの方は、すぐご快諾いただけて、スケジュールに問題がある方も、なんとか調整したいから返事を待ってくれと言っていただいたり。

――「さよなら 丸の内TOEI」プロジェクトのパワーたるやすごい。現状で印象に残っているイベントは?

個人的には5月14日に開催した『探偵はBARにいる』(2011~) シリーズの一挙上映で、大泉洋さんと松田龍平さんお二人がいらしてくれたときですね。お二人が揃うのも久しぶりで、当時の作品のプロモーション以来だったはずです。『スケバン刑事』のときも同じではありますが、ファンの方々の喜びをダイレクトに感じられたことや、メディア露出で記事が色々なところに残っていくことで、このプロジェクトの意味を感じることができました。

――東映作品の力が大きいことを感じますよね。

めちゃくちゃ感じてます。

――では最後に、「さよなら 丸の内TOEI」プロジェクトの華やかなフィナーレについてはどのように? うかがっていると、まるで生き物のようにプロジェクトが育っていった感じなので、フィナーレの青写真が思い浮かばないのでは?

それはありますね。例えば上映スケジュールひとつとっても、当初は、5月から7月までのスケジュールを一気に決めて発表する案もあったのですが、現実的には決めきれない要素が多く、難しかったんですよね。登壇オファーをしていくうちに「実はあの方が来られる」という話も日々出てきていましたし。結果的には一気に決めてしまわなくてよかった、ということがたくさんありました。始まった時には予想もしてなかったようなことがいろいろと起こっているので、実はエンディングもちょっと描けていないんです。だからこそ、そこに向かっていくにあたって、まだなにか他に面白いことができないか、とずっと考えているので、お客様に喜んだり驚いていただけるようなことをご用意できたらいいな、と思っています。

インタビュー・文 / よしひろまさみち
撮影 / 岡本英理

「さよなら丸の内TOEI」

時代劇、任侠映画、文芸作品、アニメなど、往年の名作から話題作まで、同劇場のスクリーンを彩ってきた100を超える作品が特別上映。そのほか、各種関連イベントも実施中。

上映劇場:丸の内TOEI

提供:東映株式会社

2025年5月9日(金)から7月27日(日)まで開催中

公式サイト:marunouchi-toei-sayonara0727

パンフレット販売ページ:toei-onlinestore.com/shop/