人類がもともと持っている人間性が変わらないと根本的には良くならないな、と
──「92年頃から環境問題に関心を抱くようになった」とおっしゃっていました。それには何か具体的なきっかけはあったのでしょうか?
92年にリオ・サミットというのがありまして、リオ・デ・ジャネイロで環境問題に関する世界会議があったんです。開催された時点では知らなかったんですが、それに合わせて日本でTV番組が作られたんですね。それをたまたま目にして、それが印象に残っていて…。そこからですね。
──これまで環境問題を意識されてきた中、今一番の難しさや問題点は何だと思いますか?
それはやはり人間の難しさですね。これはおそらく政治も同じだと思うんですが、政治とか社会制度っていうのは変革しようと思えばできます。やればいいんですから。でも結局、人類がもともと持っている人間性が変わらないと根本的には良くならないのではないかと。それは環境問題も同じです。もちろん、いろんなルールを作ったりして、少しでも良くしようとする努力は大切なことですが、その根本的な原因になっている人間性が変わらない限り、同じようなことが起き続けるでしょうね。最低でも1万年ぐらいは変わらないと思います。でも、それまでこの環境は持たないと思います。他のいろんな生物を道連れにして集団自殺をしているように思いますよ。ちょっと絶望的ですね。
──滅びてしまう、と…。
人間だけ滅びてしまうのならまだいいですけど、他の生物を道連れにするわけですからね。言ってみれば人間の欲ですよね。もちろん自分が潔癖だなんて全く思っていないです。自分もそうした欲を持っているわけですけど…。本当に解決しようと思えば人間性を変えないとダメだと思うし、どうやって変えたらいいのか、僕にだって答えはありません。とても難しいことだと思います。
──本編の中には生と死が描かれ、その中には一度死んだものが蘇ると言った部分も描かれているという印象を受けました。そこに“希望”を感じたのですが…。
いや、はっきり言って、ちょっと諦めかけてます。どんどん悪くなっているので…。温暖化も環境問題にしても理屈ではみんなだいぶわかっていて、浸透してると思うんです。エコという言葉なんて聞き飽きるほど浸透していますし、ゴミの分別だって真面目にやっている人もたくさんいます。それでも環境破壊の勢いっていうのは全然抑えられない…。巨大な自然が一度そっちに向かって行ってしまうと、その方向を変えるためにはものすごい力をかけないとダメですよね。もちろん、何もしないよりはいいとは思います。その問題が見えているのに見て見ないふりして逃げるのは良くないですよね。少しでも良くしようとする必要があると思いますが…。でも、もう間に合わない気がします。
──そういった自然との関係という点では、映画の中で「自然のリズムと同期する」というようなことも実践され、語られている部分もありました。自然の中から音を採集されたり、自然の中に身を置いて何かを感じ取ろうとされたり…。
「同期する」という表現がいいのかどうか分からないですけど、自然に即した生き方ができれば素晴らしいとは思いますね。しかし、もともと僕も東京生まれ東京育ちで、人工的な環境で何十年も生きて来て、「今から縄文人になれ」と言われても無理なんですが…。若ければやっているかもしれないですけれど、実際には今からやるっていうのは難しいですね。今生はこのまま行くしかないとは思うんですが、なるべく自然には接していたいと思います。でも、それは贅沢な欲求ですよ。だって、人工の便利なものも存分に使いながら快適な環境にいて、なおかつ自然に接していたい、なんていうのは贅沢です。それは十分わかった上で、自然の中での生活ができれば理想的だと思います。自然をぶっ壊すような文明ではなくてね。自然自体は多少壊しても蘇生するような逞しさがありますけど、ぶっ壊しすぎると戻ってこれないんですね。例えば、熱帯雨林は一回伐採しちゃえば砂漠化してしまいますから。アマゾンなどの熱帯雨林は、どんどん伐採されていますけど、あれはもう再生してこないんですよ。自然も万能じゃないので壊れちゃうわけです。それはできればやめたいですよね。
──芸能山城組の「交響組曲AKIRA」ってご存知でしょうか? 昨年リリースされたそのハイレゾ版には“ハイパーソニックサウンド”という超高周波音が入ってまして…。
知ってます、知ってます。
──その元になっているのは、熱帯雨林などに生息する数百種類の虫の声らしいんですね。パナマの孤島などで録ったらしいんですけど、アマゾンでは“良質のもの”は録れなかったらしいんです。虫の数が減少してしまったせいで…。
へぇ~。
──そうした超高周波音を聴くと身体にいい影響を与えるようで。機械文明に侵されながらも、人間にはそういう自然に反応する機能がまだあるんだな、と感じたんです。
それは自分でも何度も感じたことがあります。自然というものはやはり驚異というか、厳しいものですから、その中にいると自分の中の防御本能というか、そういったものが目覚めますね。ゴビ砂漠上空を飛行機で飛んだ際、地平線まで茶色の大地なんです。するとね、自分でふと気がついたんですが、自分の目が緑を探してるんですよ。緑があれば生き残れると本能的に感じてるんですよね。自分の目が一生懸命緑を探していることに自分で気づいて、「ああ、なるほどな」と思いました。
──自然に喚起される本能といったものでしょうか。
そうですね。そういったものは人間の中に眠っていますね。ただそれは、こうした人工環境の中に長く生きてるといつしか消えるでしょうね。
──では最後に。otoCotoではいつも本についてお伺いしているのですが…。映画の中でも『シェルタリング・スカイ』の様々な言語のヴァージョンをお持ちでしたが、ご自身が感銘を受けた本、あるいは愛読書など何か挙げていただけないでしょうか。
愛読書は、ロベール・ブレッソンというフランスの映画監督の「シネマトグラフ覚書」ですね。ブレッソンの映画が大好きで、彼がどういう思考で、どういう方法論でああいう映画を作ったのか、という片鱗が垣間見られるんですよ。割と薄い本ですけど、いつもそばに置いていて、気が向くと手に取って読んでます。あとは、伊福部昭さんの『管絃楽法』ですか。オーケストラの楽器について詳しく書かれた分厚い本で、作曲家にとっては聖書みたいなものです。学生時代から今に至るまで使っていて、ページがだいぶ茶色くなってボロボロになっているんですが、手放せないですね。
取材・文/石川真男
撮影/中村彰男
『Ryuichi Sakamoto: CODA』
世界的な名声を誇る音楽家・坂本龍一初の劇場版長編ドキュメンタリー。2012年から5年間に渡って行われた密着取材が坂本龍一の創作者としての、そして“人間”としての姿を解き明かす。震災後の宮城県名取市での「被災したピアノ」との出会いに始まり、原発再稼働反対デモ、そしてNYの自宅スタジオでの最新作『async』の制作シーン、そして貴重なプライベート映像、さらには、若き日の坂本のインタビューや演奏シーンを捉えたアーカイブ映像から、自らが出演した映画や影響を受けた映画のシーンに至るまで、様々な映像が編み上げられ、この稀代の表現者の音楽と思索の旅が描き出されていく。監督は、本作が劇場版映画初作品となるスティーブン・ノムラ・シブル。
出演:坂本龍一
監督:スティーブン・ノムラ・シブル
配給:KADOKAWA
2017年11月4日(土)より角川シネマ有楽町 YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開
©2017 SKMTDOC,LLC
公式サイト:http://ryuichisakamoto-coda.com/
「シネマトグラフ覚書-映画監督のノート」ロベール・ブレッソン/筑摩書房
職業俳優を一切使わないという演出で知られるフランス映画の巨匠ブレッソンが「シネマトグラフ」(彼の作った映像作品を自らそう呼んでいた)について綴った随想集。
「完本 管弦楽法」伊福部昭/音楽之友社
数々のオーケストラ作品や『ゴジラ』をはじめとする様々な映画音楽の作者として知られる作曲家・伊福部昭が記した“音楽学習者のバイブル”。本書は、2008年に出版された旧版上下巻を全て収載する「完本」。