溢れ出る映画愛の原点は?「消えてしまった何万本もの映画に捧げる、レクイエム的な要素を入れたかった」(稲葉)
──今作からは、映画の制作陣としての、映画への深い愛を感じました。特に、ひとつの映画が廃棄されていく刹那や、坂口健太郎さんが演じる映画青年・健司の「どんな映画にも良いところが必ずある」というセリフに、強いこだわりを感じました。
稲葉 僕自身、昔の映画が大好きなんですよ。今は観る機会がなかなかない映画もたくさんあって、なかには珍品と言われるものもたくさんありますが、どの作品にも愛せるところがあるんです。この映画の劇中劇「お転婆姫と三獣士」は、かつてドル箱だった『狸御殿』シリーズや、新東宝や戦前に実在した大都映画のような低予算映画のイメージがいろいろ混ざっています。
──そういった映画はパッケージ化されていない作品もあるので、今観ることは難しいですよね。
稲葉 はい。でもあの時代に映画を作っていた人たちは、とにかく“熱量”があって、それがスクリーン全体に息づいています。そんな消えてしまった何万本もの映画に捧げる、レクイエム的な要素を入れたいということは、最初から考えていました。
武内 それに、この映画の時代設定である昭和35年って、日本が高度経済成長期の真っ最中で、活気があり、生きている人たちがみな輝いていたんです。この映画に登場する人たちも、みんなすごく良い表情をしている。演出家としてそこを表現することにもこだわりました。
──「ただ消費されて消えていくだけ」という儚さも印象的でした。これはネット時代の今だからこそ響くと思います。
稲葉 そこは、本当に伝わってほしいところです。当初、僕の想いが先走って、そのメッセージをもっと前面に押し出そうかと思ったんですが、説教臭くなってもダメなので、なんとなく感じるくらいでいいのかなと思い、抑えて表現しているんです。なので、そこを感じ取ってもらえたのなら、すごく嬉しいですね。
坂口健太郎の愛らしさは「狙って撮影」。今作で「ピュアに溺れて、涙を流し、デトックスしてもらいたい」(武内)
──監督が他にこだわったのはどんなところでしょうか。
武内 ここまで透明感がある話はなかなかないので、このピュアさをどう表現するかにこだわりました。この役は、少しでも心によどみがあると説得力を失ってしまうので、綾瀬さんにしか出来ないんですよ。そして、また違った角度のピュアさを持つ坂口健太郎くんという真っ白な二人が混ざり合ったところではじめて、この作品は成立したのだと思います。
──坂口さんの愛らしさも、スクリーン全体から溢れ出ていました。
武内 もちろん、彼の可愛さは狙って撮影しました(笑)。もともとピュアな坂口くんは、飼い犬のような愛らしさがあるんです。だから複雑に考えず、真っ直ぐにお芝居をしてもらえたら可愛く見えると思ったので、「そのままお姫様を愛する気持ちを出してほしい」と話しました。
──本当に、世代を問わず楽しめる作品になりましたね。
武内 はい。こんなにもピュアな作品にはなかなか出会えないと思うので、ピュアに溺れて、ピュアな涙を流し、デトックスしてもらいたいですね。
──さて、「otoCoto」では、みなさんにオススメ本をお伺いしています。ピュアな作品を作り上げたお二人の愛読書を教えてください。
稲葉 僕はマンガ『恋は雨上がりのように』(著:眉月じゅん)です。17歳の綺麗な女の子が45歳の冴えないファミレス店長に恋をする話なんですが、おっさんの夢がぎっしり詰め込まれたファンタジーなんですよ(笑)。絵のタッチやコマ割りが絶妙な詩的表現になっていて、描かれない余白まで愛おしくなる、そんな作品です。文芸でも映像でもない、まさにマンガのために紡がれた物語だと感じました。
武内 僕は遠藤周作の『深い河』です。インドに旅行する時に、ガンジス川を舞台に描かれたこの本をいつも持って行くんです。宗教的なお話ではあるんですが、何度読んでもその時々で感じ方が変わるんですよね。舞台となっている川を目の前にして読むのもまた面白いのでオススメですよ。またインドに行く時は、この本を読み直したいですね。
取材・文/吉田可奈
武内英樹(監督)
1966年生まれ。1998年のドラマ「神様、もう少しだけ」(98年)を始め、「彼女たちの時代」(99年)、「電車男」(05年)、「のだめカンタービレ」(06年)、「デート~恋とはどんなものかしら~」(15年)で、ザ・テレビジョンのドラマアカデミー賞の監督賞を5度受賞するなど、数々のヒットドラマを演出。映画では『のだめカンタービレ 最終楽章 前編』(09年)、『のだめカンタービレ 最終楽章 後編』(10年・総監督)、『テルマエ・ロマエ』(12年)『テルマエ・ロマエII』(14年)で監督を務め、いずれも大ヒットに導いた。
稲葉直人(プロデューサー)
1977年生まれ。『ハッピーフライト』のアシスタント・プロデューサーなどを経た後、数々のヒット映画の製作を手掛ける。武内監督とタッグを組んだ『テルマエ・ロマエ』(12年)では、優れた映画製作者に贈られる藤本賞に輝いた。その他のプロデュース映画に『劔岳 点の記』(09年)、『SP 野望篇』(10年)、『SP 革命篇』(11年)、『ロボジー』(12年)、『真夏の方程式』(13年)、『テルマエ・ロマエⅡ』(14年)、『バンクーバーの朝日』(14年)、『信長協奏曲』(16年)などがある。
『今夜、ロマンス劇場で』
映画監督を夢見る青年・健司(坂口健太郎)は助監督として映画撮影所を奔走する日々。しかしなかなか仕事はうまくいかず、落ち込むことも多い。そんな健司の唯一の楽しみは映画館“ロマンス劇場”へ通うこと。古いモノクロ映画のヒロインである王女・美雪(綾瀬はるか)に心を奪われ、スクリーンの中の彼女に会うために映画館に通い続けていた。そんなある日、美雪が実体となって健司の前に現れる。モノクロ姿のままの彼女をカラフルな現実世界に案内するうち、二人は惹かれ合っていく。しかし美雪には、人のぬくもりに触れると消えてしまうという秘密があった。この真実に二人はどう向き合い、どんな答えを出すのか。ロマンティックで切ないラブストーリー。
映画『今夜、ロマンス劇場で』
監督:武内英樹
脚本:宇山佳佑
音楽:住友紀人
出演:綾瀬はるか 坂口健太郎
本田翼 北村一輝 中尾明慶 石橋杏奈 西岡德馬 柄本明 加藤剛
主題歌:シェネル「奇跡」(ユニバーサル ミュージック)
配給:ワーナー・ブラザース映画
2018年2月10日(土)公開
©2018 映画「今夜、ロマンス劇場で」製作委員会
公式サイト:romance-gekijo.jp
『深い河』遠藤周作/講談社文庫
愛を求めて、人生の意味を求めてインドへと向かう人々。自らの生きてきた時間を振り仰ぎ、母なる河ガンジスのほとりに佇む時、大いなる水の流れは人間たちを次の世に運ぶように包みこむ。人と人の触れ合いの声を力強い沈黙で受けとめ河は流れる。
1994年に毎日芸術賞を受賞した、遠藤周作の代表作のひとつ。1995年に映画化された。
『恋は雨上がりのように』眉月じゅん/ビッグスピリッツ
高校2年生の橘あきら。感情表現が少ないクールな彼女が胸に秘めし恋の相手は、バイト先のファミレス店長だった。17歳の少女と冴えないおじさんの恋の物語。
「週刊ビッグコミックスピリッツ」にて隔週連載中で、TVアニメが2018年1月よりフジテレビのノイタミナほかにて放送、5月には実写映画が公開される。