市川染五郎インタビュー 受け継がれる宿命の濃淡 特別先行版『鬼平犯科帳 本所の銕/密告』
池波正太郎の不朽の名作「鬼平犯科帳」。テレビ時代劇としても多くの世代を虜にした「鬼平」が、十代目松本幸四郎主演で新たに映像化され、2024年から新シリーズが開始されている。その最新作となる特別先行版『鬼平犯科帳 本所の銕(てつ)/密告』が7月10日 (金) より全国公開される。
本作は、長谷川平蔵の放蕩無頼な青年時代を描くオリジナルストーリー「本所の銕」と、火付盗賊改方長官となった平蔵が、自らの過去と向き合う「密告」の二編で構成。長谷川平蔵役の松本幸四郎、そして若き日の平蔵、銕三郎役の幸四郎の長男、八代目・市川染五郎を筆頭に、豪華キャスト陣が名を連ねる。
この度、「本所の銕」の主演を務めた市川染五郎さんに撮影の裏側や「鬼平」シリーズへの深い想いについて伺った。


松本幸四郎の「鬼平犯科帳」への想い
—— 「鬼平犯科帳」は、中村吉右衛門 (二代目) さん、松本幸四郎 (十代目) さんへと受け継がれてきたドラマシリーズです。初めて「鬼平」をご覧になったのは、いつですか。
もちろん大叔父 (二代目・中村吉右衛門) が、長年演じてきた作品だということは、小さい頃から知っていました。ですが、作品としてしっかり観たのは、2024年のテレビスペシャル「本所・桜屋敷」や劇場版『血闘』(2024) への出演が決まったときでした。
—— 本作で3回目の「鬼平」シリーズへの出演になりますが、最初に「本所・桜屋敷」で銕三郎役を依頼されたとき、どんなお気持ちでしたか。
まず「鬼平犯科帳」という作品が、世の中にまた新たに残るということが、とても嬉しかったです。原点を辿れば、曾祖父の初代・松本白鸚を長谷川平蔵役としてイメージして、池波正太郎先生が書いたのが「鬼平犯科帳」です。それを父が引き継いでいくことは「松本幸四郎の“鬼平”」として復活することでもあるので、感慨深かったです。
そして「本所・桜屋敷」は、父が主演を務める「鬼平」シリーズの第一弾であり、銕三郎のシーンで始まるということで責任も感じましたし、何より父が「長谷川平蔵」としてスタートを切る、その力になれればいいなという気持ち、それだけでした。


——特別先行版『鬼平犯科帳 本所の銕/密告』は、長い年月にまたがった物語です。台本をお読みになって、どう思われましたか。
前回出演したときも思いましたが、やはり「鬼平」シリーズは脚本が素晴らしい。銕三郎らしさ、平蔵とは違う銕三郎の若さと鋭さを感じていただける脚本だと思います。「本所の銕」に関しては、ほぼオリジナルストーリーなので、どんな物語になるのかとても楽しみでした。
—— 銕三郎という人物については、どう捉えていますか。
山下 (智彦) 監督もおっしゃっていましたが、銕三郎はやんちゃをしているけれど、どこか悪になりきれない。悪になりきってしまえば、逆に楽なのかもしれないけれど、彼は自分の中の正義感と戦っている。その「正義」と「無頼」の部分のバランスが、とても人間らしい部分で素敵だなと思うし、それが平蔵時代の情の厚さ、懐の深さ、器の大きさに繋がっていくのだなと思います。
—— ご自分と重なるところはありましたか。
銕三郎の「熱さ」ですね。一度、火がついたら、自分の信念を貫き通さないと気が済まないという、「真っすぐさ」。自分も役者として、芝居に対して熱い気持ちを持って取り組んでいるつもりです。物事に対して熱い姿勢で取り組むところは、似ているかもしれないですね。


銕三郎が平蔵になるグラデーション
—— 長谷川銕三郎という役柄はどのように作っていったのでしょうか? また以前出演された劇場版『血闘』と本作での違いがありましたら、教えてください。
『血闘』に出演したときは、東京から京都の撮影所に向かう新幹線の中で、大叔父が主演を務めたシリーズの「血闘」のエピソード内で、大叔父が演じている銕三郎の映像を毎回見て、自分に染み込ませていました。それは真似をするわけではなくて、自分なりに銕三郎を作る上での「一つの引き出しとして持っておきたい」という意味で、取り込んでいた感覚です。
大叔父の「血闘」のエピソードは、今回のシリーズほど銕三郎時代がフォーカスされていない。ですので、自分が演じる際は「自分なりに平蔵につながる人物を新しく作る」という感覚で、演じてみようと思いました。父と同一人物を演じることになりますが、あまり父を意識せずに、とにかく銕三郎がどういう人物なのかを考えて、役になることを意識していました。ですが、今回の「本所の銕」に関しては、セリフ回しや歩き方など、あえて父の真似をしてみようと思いました。長谷川平蔵を演じているときの父は、比較的低い音を出している。怒りの感情がわき上がってくる瞬間や、相手を怒鳴りつけたりする時の低音など、父の映像を見て真似てみました。


—— 吉右衛門さんの「血闘」はご覧になったということですが、 「本所の銕」の着想元である、「密告」のエピソードはご覧になりましたか。
大叔父の「密告」は、あえて見ないようにしました。前回出演時は、父主演の「鬼平」シリーズ第一弾でしたし、父が大叔父から「鬼平」を引き継ぐという意味合いが大きかったと思います。でも、今は「松本幸四郎主演の“鬼平”」であり、父の作品だと思っています。もちろん、大叔父はじめ、今まで長谷川平蔵を演じられた方々へのリスペクトを持っています。
ただ、今回はあえて意識せず、あくまで「父の演じる平蔵の青年時代を演じる」ということだけに絞って役作りをしました。父自身、長谷川平蔵の演じ方が父なりにでき上がってきていると思うのです。前回よりも銕三郎が「平蔵になっていくグラデーション」を感じていただけるように、ということを強く意識して演じました。「鬼平」に関しては、やはり父が真ん中にいて、あくまで自分はそこに出させていただいている。「本所の銕」では主演と銘打っていただいてはいますが、「父の作品に出ている」という感覚で演じています。
——「鬼平」シリーズの撮影中に、印象に残ったエピソードはありますか。
平蔵を演じている父とは、同一人物なので必然的に共演がありません。共演はなくても、同じ日にたまたま撮影の入り時間が重なって、撮影所に平蔵の扮装をした父がいると、銕三郎として「未来の自分を見ているような」、同一人物として「過去と未来の存在としてバトンタッチしているような」不思議な感覚になりました。そんなこと、なかなかないですからね。
—— そういうとき、幸四郎さんと言葉は交わさないんですか?
そうですね、「おはようございます」ぐらいです (笑)。
背景を感じさせる芝居
—— 銕三郎を演じて、難しかったところはどこですか。
今回は殺陣のシーンが多かったので、とても難しかったです。「本所・桜屋敷」や『血闘』では、木の棒で戦っていたのですが、今回の「本所の銕」は、銕三郎として初めて刀を抜いて戦う。それも「峰打ち」で、「斬る動き」ではありません。だから斬る動きにも、殴る動きにも見せてはいけない。斬っているように見えてしまうと、相手に与えるダメージも違ってきてしまうし、銕三郎の人物像や作品の流れもブレてしまいます。カメラアングルがどこなのか、どれくらいの寄り・引きで撮られているか。殺陣師の方と一緒に、カットごとにどう見えるかを研究して、細かく計算しました。パズルを埋めていくような感じですね。
—— 殺陣でいうと、敵である悪御家人・横山小平次の取り巻きに囲まれているシーンと、小平次が連れてきた用心棒と対峙するシーンの違いが気になりました。
喧嘩はよくしているかもしれませんが、銕三郎はまだ修行中の身なので、刀を抜いての実戦経験があまりない。小平次の用心棒が現れたシーンでは、見るからに自分より強い相手が出てきたという「恐怖」が銕三郎にはある。その「恐怖」と、どこを突いてくるか分からないという「緊迫感」を出そうと考えました。
単純にアクションをするだけではなく、銕三郎から、相手がどれくらいの存在に見えているのか、それを観客に感じさせるものでなければいけない。当然ですが殺陣もお芝居の一部ですから、そこに背景を感じていただく。そこはとても難しかったです。


——横山小平次役の駒木根葵汰さんと共演されてみて、いかがでしたか。
敵役然としていてくださったのは、本当にありがたかったです。駒木根さんは、すごく繊細に役を作られる方だなという印象を受けました。小平次は悪人ですが、こうなってしまったのには理由があるのかな、と背景を感じさせる。芝居から孤独感や寂しさをすごく感じました。
銕三郎もまた、継母との確執があって、どこか寂しさや孤独を感じている。だからこそ、その二人が対峙するということが、単純な勧善懲悪ではなく、きっちり人間ドラマとして映っているのだなと思いました。
受け継がれる時代劇の美しさ
—— 染五郎さんの好きな映画はなんですか。
『ゴッドファーザー』です。何周か観て、最終的に『ゴッドファーザーPART Ⅲ』が好きです。配信されている「再編集版」や「完全版」ではなく、劇場公開されたバージョンです。マイケルが最後、庭に一人で座っていて、急に心臓発作でバサッと椅子から転げ落ちて死んでしまうのですが、その終わり方が好きですね。PARTⅠは、あくまで「父親ヴィトーと確執がある息子」だったところから始まって、PART Ⅱでドンを継いで、周りが見えなくなって、最後、PART Ⅲで、その因縁が自分に返ってくる。あのスケールの大きさがすごいなと思います。
—— 『ゴッドファーザー』も「引き継ぐ」物語ですが、「鬼平犯科帳」という作品も、染五郎さんの境遇も、どこか重なる部分があるなと感じました。
自分ではあまり意識はしていませんが‥‥。父子・孫とはいえ、違う人間ですし、違う役者なので、演じ方に違いはあると思います。逆にそれを見つけていくのが歌舞伎俳優なのだと感じています。繋いできたものを受け取って、次に渡していくというのは、絶対にやらなければいけないこと。だからこそ、その中で自分はどんな違うことができるかな、と考えるのがとても大事だと思います。

—— 染五郎さんが思う「時代劇の良さ」はどういうところですか。
父も言っていたことですが、「ある種のファンタジー」として観ることができるのが面白いところです。時代劇は、ある意味何でもできてしまいます。純粋に「観ていて楽しい」というのが、自分の時代劇のイメージです。
—— 今回、特別先行版として「本所の銕」と「密告」の2作を続けて観ることができますが、続けてご覧になった感想を教えていただけますか。
同時期に撮影していたので「どう平蔵に繋がっていくのだろう」とワクワクしました。「本所の銕」で、敵役の横山小平次を駒木根葵汰さんが演じられていますが、駒木根さんは「密告」にも盗賊・伏屋の紋蔵として出演されています。同じ役者さんが演じることの必然性を感じましたし、「本所の銕」のラストが、絶対に次が見たくなる終わり方をするので、うまくできているなと思いました。
毎回「鬼平」シリーズを観ていると、長谷川平蔵は、いろんな人と出会って、銕三郎時代に出会った人や助けた人、逆に傷つけてしまった人の因縁が返ってくる。平蔵になってもまだ人間として成長している、平蔵になったからゴールではなくて、いい意味で変化し、進化している。銕三郎時代と平蔵時代を同時に観ていただくことで、よりそれを感じられるのではないかと思いました。
—— 最後に、これから本作を観る方にメッセージをお願いします。
時代劇をあまり観たことがない方、若い世代の方にもぜひ観ていただきたいです。きっと「時代劇って、こんなに新しいものなんだ」と感じていただける作品になっていると思います。
脚本やお芝居はもちろん、映像の美しさ、着物やその着こなしの美しさ、そういった江戸時代の生活様式を感じていただいて、本当に「ファンタジー」として、理屈抜きで楽しんでいただきたい。それが一番ですね。
取材・文 / 小倉靖史
撮影 / 立松尚積
ヘアメイク:川又由紀 / スタイリスト: 中西ナオ


特別先行版『鬼平犯科帳 本所の銕/密告』
長谷川平蔵がまだ銕三郎と呼ばれ、放蕩無頼な青春時代を送っていた頃。銕三郎を仲間に引き入れようと御家人・横山小平次が近づいてくる。歯牙にもかけない銕三郎だったが、執念深い小平次は後を付け回し、やがて周囲をも巻き込みある事件が起こる…。時が流れ、火付盗賊改方長官となった平蔵の留守中、賊の押込みを知らせる密告状が届く。筆頭与力・佐嶋忠介らが出張ると、盗賊・伏屋の紋蔵一味が押込みを働いていた。一網打尽にし紋蔵を取り調べると、「自分は平蔵の息子だ」 と言い放つ。紋蔵と対面した平蔵は、かつて温情をかけた町娘・お百の息子だと気が付く。平蔵は密告状の主がお百だと推察するが、彼女の身には危機が迫っていた‥‥。
監督:山下智彦
原作:池波正太郎『鬼平犯科帳』(文春文庫刊)
出演:松本幸四郎、市川染五郎、仙道敦子、中村ゆり、和田聰宏、尾美としのり、本宮泰風、浅利陽介、山田純大、久保田悠来、山口馬木也、中島瑠菜、阿佐辰美、北澤響、黒沢あすか、松尾貴史、駒木根葵汰、山田真歩
©日本映画放送
2026年7月10日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほかにて全国公開
公式サイト onihei-hankacho