「レンタル・ファミリー」という日本のビジネスにインスパイアされて
池ノ辺 監督が『レンタル・ファミリー』を作ろうと思ったきっかけ、日本で撮ろう、と思ったのは、なぜですか。
HIKARI そもそも「レンタル・ファミリー」というビジネスの存在自体が、私にはすごく不思議な感じがしたんです。日本にはそういうビジネスモデルの会社が300くらいあるそうなんですけど、私は日本人でありながら、それが異国的な感じがしたんです。「人をレンタルする」ってどういうこと? となって、そこからいろいろ調べてみたんです。どうしてこのビジネスが日本で成り立っているのか、どういう人が使っているのか、どういう人がこのサービスを提供しているのか、そういうのがすごく気になって、リサーチしていったところ、いくつか心を打たれるお話に出会ったんです。


池ノ辺 それは今回の作品に出てくるお話ですか。
HIKARI インスパイアはされていますけど、直接には出てきていません。ストーリーはオリジナルにしたかったので。そこで聞いたお話に、こういうのがありました。ある男性が、もうすぐ亡くなるという時に、喧嘩別れかなにかで音信不通になってしまった娘にどうしても謝りたいと。それで女性を雇ってその人を娘として会わせた。男性は、その女性に謝って息を引き取られたんだそうです。それは言ってみれば全てが嘘というか架空ですよね。でもそれで男性が救われたというのならそれでいいじゃないかとすごく思ったんですよ。「謝りたい」という気持ちには嘘はないと思うし、そこで人間としてのステップを踏んでいるのなら、そこに誰かが関わってサポートするというのは、素晴らしじゃないか、このビジネスはと思ったところから、この映画は始まりました。

池ノ辺 それって日本にしかないんですか? アメリカには?
HIKARI ないです。「レンタル・ファミリー」っていうビジネスはないけれど、レンタル彼女のような「エスコート」や、家族のいない老人のそばで、その方が息を引き取るのを看取るというボランティアのシステムはあるみたいです。
池ノ辺 ボランティアと仕事とはかなり違いますよね。
HIKARI 違いますね。仕事は時給いくらでお金をもらって演じているわけですからね。ただ、いろいろ話を聞いていると、その仕事に役者として関わっている方たちの中で仲間ができて、コミュニティができて、その仲間の中でお父さんお母さん、娘息子、兄弟と、そんな仮の家族ができて、その家族でご飯を食べにいったり、そういうつながりが生まれるというのはあるみたいです。
池ノ辺 疑似家族ができるわけですね。そういうつながりって、場合によっては血のつながりより強かったりしますよね。
HIKARI そうそう、そうなんです。血がつながってなくてもいいんですよ。与えられた血のつながりによる家族はもちろんあるし、それを大切にするということももちろん大事だけれど、自分たちが作った仮の関係であったとしても、そこに友としてでも、愛情が存在しているのなら、それはもうファミリーでいいと思う。実際ね、映画を作る現場ではみんな家族になりますから。

