Jan 23, 2026 interview

深田晃司監督が語る アイドルの“恋愛禁止”の裁判がきっかけで、映画にしようと思った『恋愛裁判』

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裁判に勝つか負けるかではなく、どんな生き方を選ぶのか

池ノ辺  この作品は“恋愛裁判”というタイトルがあり、実際の裁判もニュースになって、もうちょっと丁々発止の裁判の感じなのかと思ったら、そうではなくて、どちらかといえばすごく静かに始まって静かに終わりましたね。

深田 この作品には二つの側面があると思っています。一つはいわゆる“裁判映画”です。おっしゃるように、そもそもが裁判のニュースからこの企画がスタートしました。ただ、その時の自分も裁判の映画というのは作ったことがなくて、僕のイメージの中ではジョン・グリシャム原作の映画作品のような法廷劇もの、あるいは日本の法廷バトルゲーム「逆転裁判」みたいなものをうっすらとイメージしていました。それでいろいろ取材してみたら、日本の民事裁判は地味すぎたんです (笑)。

池ノ辺 たしかに、地味なイメージはありますね。監督は、裁判に立ち会ったり傍聴などもされたんですか。

深田 裁判の取材には行きましたし、あとはこの映画の取材とは関係なく、知り合いの関係する裁判の手伝いなどもしていましたから、そこで見えてくるものもありました。もちろん映画の取材の過程で弁護士の方にお話を伺ったり、法律監修にも入ってもらっています。映画の中では最大限に見栄えのあるところをピックアップしたんですが、本当にあれが限界でした。そこで嘘をついてもう少し派手な法廷劇のかたちにするという手もあったかもしれませんが、この題材でそこまでの虚飾はどうかと思ったのでやめました。

これは脚本を書きながら思ったのですが、もう一つの側面から考えた時、これをいわゆるジャンル化された法廷劇にしてしまっていいのか? ということです。つまり、法廷劇にすると、結局、結論は勝つか負けるかしか無くなってしまう。でも、この、裁判を起こされた山岡真衣というアイドルの姿を描こうとした時に、本当に大事なのは勝つか負けるかじゃなくて、彼女が自分自身の意思で何かを選択することそれ自体だと思ったんです。そうなると、勝つか負けるかというのは、実はこの作品の主題ではないと気がついたのです。もちろん、裁判というかたちを通して描いてはいるけれど、彼女自身がその法廷の場に立たされて、迷い続けているという姿の方が大事だと思って、結果的にこの映画のかたちになりました。だから皆さんが「逆転裁判」とかアメリカの法廷劇みたいなものを期待されてると、あれ? っと思うかもしれませんね。

池ノ辺 確かに、一瞬、そう思ったんですけど、逆に、今までの監督の作品と重ね合わせて考えると、監督らしい作品だなと思いました。山岡真衣がそこで悩んで迷っている。すごくリアルなところで一人の女性の生き様を淡々と語っていて、観る私たちも同時に考えさせられる。そこを見事に表現した演出だったと思いました。

深田 ありがとうございます。