妻と別れ、地元に戻って印刷会社に再就職し、平穏な日常を送る青砥健将。彼が中学時代に思いを寄せていた須藤葉子もまた、夫との死別後、地元に戻ってきた。再び出逢った二人は、少しずつ離れていた時間を埋めていく。自然に惹かれ合うようになった彼らは、やがてこれからのことも話すようになるのだが‥‥。
男女の心の機微を繊細に描いた、朝倉かすみの珠玉の物語「平場の月」。発表当初から映像化権をめぐり30社以上が鎬を削っていたが、今回、堺雅人、井川遥をメインキャストに迎え、土井裕泰監督のもと、満を持しての実写化となった。
予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』、今回は、『平場の月』の土井裕泰監督に、本作品や映画への想いなどを伺いました。

何気ない日常を描く、人生の物語
池ノ辺 以前監督にお話を伺った時に、「映画を観た人の体験になるようなものを作りたい」とおっしゃっていましたが、この『平場の月』は、まさにそういう映画でしたね。
土井 そうですか。そう感じていただけたならよかったです。
池ノ辺 ちょっと身につまされるようなリアルさがありました。
土井 今回の映画は、何かが爆発したりするわけでもないし大きなトリックがあるわけでもない。本当に淡々と、普通の人の日常を描いている映画ですから、それで「ちゃんと映画を観たな」と思ってもらえたのなら、それはすごく嬉しいですね。



池ノ辺 『花束みたいな恋をした』(2021) の時は、学生から社会人になるという中での20代の恋愛ものだったで、今回50代の恋愛を撮るのは面白いと思われたとか。原作が、朝倉かすみさんの小説ですが、そこからどんな流れで映画化されていったんですか。
土井 プロデューサーから、「この小説の映像化を考えているんだけど」と、原作本を渡されたんです。読んでみると、病気や生死についてのことも、恋愛のストーリーを盛り上げるための枷ということではなくて、本当に日常の僕たちの生活の延長線上にある出来事、人生の後半戦になれば逃れようのない現実として描かれていて、とても共感をもって読めたんです。すごくドラマチックというわけではないけれど、そういう生活の物語、人生の物語として描けるのであれば映画化してみたいと思いました。
池ノ辺 確かに、「大人のラブストーリー」と謳ってはいますが、それが必ずしもメインというわけではなくて、ある程度の年齢を経た人間の日常を、本当に丁寧に描いている、そこに引き込まれました。
土井 主人公の2人は、一通りの人生を経験して、でも決して上手に生きられてきた人間ではない。それでもこれは自分の人生、だからそれが終わる瞬間まで迷ったりぶつかったり、失敗しながら懸命に生きている、そんなリアルな人たちなんですよね。
