無意識の人間味が撮れてこそ実写の意味がある
池ノ辺 今回、監督にお話を伺う前に幼少期の篠原明里役の白山乃愛さんにもお話しを聞いたのですが、撮影の前にワークショプをされたそうですね。
奥山 僕らがカメラを構えて撮影を始める前に、僕らのことを信頼して心を許して落ち着いて撮影に臨めるように、まずは一緒にゲームをしたりご飯を食べたりというところから始めました。
池ノ辺 ワークショップというのは?
奥山 一緒に街を歩いている人たちを見て、「あの人たちが脚本に書かれたお芝居をやっているんだと思って観察してごらん」と子役の二人に言いました。二人は「すごくうまいと思う」と言うので、じゃあ、あの街の人たちと、ドラマや映画で見るお芝居とどこが違うんだろうか、といろいろ話しました。また、「友達が自分に向かって脚本のセリフを覚えて話していると思って観察してごらん」という宿題を出して、後で思ったり考えたりしたことを話したりしました。さらに、二人が話しているところをこっそり撮影しておいて、「う〜」とか「あ〜」という澱みの音も含めてその会話を脚本におこして、セリフとして覚えて二人に演じてもらうということもしました。それを最初の、演じていない時の録画と比べて何がどう違うのか、その差異を埋めるにはどうしたらいいのか、つまり、撮られていると知らないで話していた時の自然さというのはどうしたら演技に取り入れることができるのか、そんなことを話し合いました。その後でようやくこの作品の脚本に取り組んだんです。



池ノ辺 素晴らしいですね。あの二人の自然な会話、お芝居はそこから生まれたんですね。今回、そうしたワークショップをやろうと思ったのはどうしてですか。
奥山 アニメーションを実写にすることの意義ってなんだろうと思った時に、実写でしかあり得ないある種の偶発性、無意識の中で自然に表面に現れてくるものなんじゃないかと思ったんです。つまり、実写で人間が演じるときに、役者それぞれが無意識でしているような行動とか表情、たとえ生まれて10年ちょっとの子役たちであってもその年数に身体に蓄積されたそれぞれの癖のようなもの、そういう人間味が写ってこそ実写の意味があると思ったんです。じゃあ、それをカメラの前で引き出すためにはどうしたらいいのか。やはりいかにリラックスした状態で演技ができるかが大事だろうと思い、そのために試行錯誤して考えた末、今回のようなプロセスをたどったわけです。



池ノ辺 見事な結果になっていました。監督は、主演の松村北斗さんと同世代だそうですね。
奥山 そうです。僕らが今いる30歳前後というのは、人生の中間地点に当たるのではないか。その中間地点で、過去への未練と未来への不安が混在して、理由のわからない不全感みたいなものを日常の中で、肌で感じている世代だと思うんです。それは本作の大人時代の貴樹も同じだと思って、そのリアリティを自分たちが持ち得る今のこのタイミングでこの作品に出会えて、一緒に制作に臨めたというのは、すごく幸せな出会いだったと思います。
池ノ辺 撮影の前には、台本のほかにものすごい量の資料が配られたと聞きました。
奥山 テキストブックとムードボードを冊子にして製本して配りました。テキストブックには、1990年代、あるいは2000年代、その時代がどんな社会だったかとかある登場人物が働いている会社はどんな会社かとか通っている学校はどんなだったかとか。あるいはサーフィンや弓道はどういうものかとか、とにかく劇中に登場する物事をできる限り深く理解して共有できるような情報をまとめました。さらに登場人物20数名分の人生について、劇中には描かれていない前後の人生がどんなものかなど、それぞれの人生、たどった歴史を事前に読んでいただいて、その人物を身体に取り込んだ上で演じてもらう。それによって先ほどお話しした偶発性みたいなものが出たとしても、それが役柄から大きくずれることなく出せるんじゃないかと思ったんです。

池ノ辺 それは準備が大変でしたね。
奥山 確かに、今回のスタッフ・キャストの皆さんは、あらゆる細かい点でそれぞれがプロフェショナルとしてこだわってくださって、しかもそれは撮影現場だけでなく撮影に入る前の段階から準備して、じっくり時間をかけて密度の濃い会話などを通してコミュニケーションを積み重ねてくださって、その結果として撮れたものだと思っています。映画を作るというのは本当に大変だと、当たり前なんですが改めて実感しました。でも、こうした細かなこだわりの積み重ねによって初めて立ち現れてくる感動みたいなものが、確かにフィルムには映るんだと思うんです。それを信じている人たちが集まってくれた、そのことにすごく幸せを感じていますし感謝しています。






 
             
	 
     
     
     
     
     
     
    