アーティスト移住支援をうたう、とある海辺の街。街には何やら怪しげな “アーティスト” たちがウロウロする。のん気に暮らす14歳の美術部員・奏介とその仲間たちは、夏休みにもかかわらず演劇部に依頼された絵を描いたり新聞部の取材を手伝ったりと毎日忙しい。そんな奏介たちに、ちょっと不思議な依頼が次々に飛び込んでくるーー。ものづくりに夢中で自由奔放な子どもたちと、秘密と嘘ばかりの大人たち。でも全ての登場人物が愛おしく、優しさとユーモアに満ちた、ちょっとおかしな人生讃歌。
知る人ぞ知る孤高の漫画家・三好銀の短編シリーズ「海辺へ行く道」を、気鋭の監督・横浜聡子が映画化。主演は、約800人のオーディションを経て選ばれた15歳の原田琥之佑 (こうのすけ) 。ほかに実力派の若手と個性豊かな大人の俳優たちがこの映画に結集し、海辺のアートの街を彩る。
予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』、今回は、『海辺へ行く道』の横浜聡子監督に、本作品や映画への思いなどを伺いました。

瀬戸内・小豆島に魅せられて
池ノ辺 本作『海辺へ行く道』は、全編、瀬戸内海の小豆島で撮影されたんですね。穏やかでいい感じの雰囲気が描かれていました。
横浜 小豆島の土地柄なんでしょうね、本当に穏やかなんです。海も、吹いている風も穏やかで、それにみんな、精神的に影響されるところが大きかったように思います。
池ノ辺 原作では、“海辺” というだけで、特に “島” というわけじゃなかったんですよね。
横浜 “島” とは明記されていませんね。
池ノ辺 小豆島で撮ろうというのは、どういった経緯で決まったんですか。
横浜 小豆島は最後の最後に決まった場所なんです。2023年に、やっとこの企画が実現に向けて動き出して、その時にロケハンを始めました。まずはプロデューサーと2人で、島や半島を見て回りました。伊豆半島や能登半島にも行ったり。あらゆる海を見てあらゆる街の雰囲気を感じながらあちこち巡っていったんですけど、瀬戸内への想いが捨てきれない自分がいたんですね。

池ノ辺 それはまたどうして?
横浜 以前プロデューサーがプライベートで瀬戸内海のいろんな島を回った時の写真を見せてくれたことがあったんです。その時のイメージが心の中に残っていて、瀬戸内もいいな、というのは最初からあったんですけど、現実的には遠いですからね。俳優が日帰りで行けるような場所の方が、撮影にはいいだろうと、ずっと躊躇してたんです。でも1回行ってみようと、みんなで行きました。それで、やっぱりここでしか撮れない何かが、この土地にはあるよねと、みんな感じたんです。
池ノ辺 惚れ込んだわけですね。撮影期間はどのくらいだったんですか。
横浜 撮影自体は休みも含めてちょうど1ヶ月くらいだったと思います。
池ノ辺 この作品は、「映適」(日本映画制作適正化機構) の認定を受けたと聞いたんですが。
横浜 子どもが出るというのもあって、そもそも夜中の撮影はできないというのももちろんあるんですけど、「映適」の制度をこの映画にも持ち込んで、撮休もきちんと取るという体制だったので、比較的ハードではない現場だったと思います。そうしたこともスタッフや俳優への影響は大きくて、映画全体の空気にも反映されているんじゃないかと思いました。
池ノ辺 映画の中では、本当に時間がゆったりと流れていて、個性的な人たちが登場して、そこで起こる出来事がうまく描かれていて。また猫も、ちょうどいいところに出てきたり(笑)。