Jun 14, 2025 interview

関根光才 監督が語る 事実を物語にすることの重みと覚悟、だからこそ描けた『フロントライン』

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「考えたり話し合ったり」の場を、映画で提供したい

池ノ辺 当然、撮影中も現場はかなり緊迫していたと思うのですが、意見のぶつかり合いとか喧嘩とかはなかったんですか。

関根 こういう喧嘩がありましたとか話せるネタがあればよかったんですけど、あまりそういうことはなかったですね(笑)。みんなが同じ方向を向いて、スムーズにすすんでいた気がします。なぜそうできたのかと言えば、これが実際にあったことであり、みんなが共有している物語であり、そして、映画として今これをみんなに伝えたいという思いを、みんなが持っていたからだと思います。

池ノ辺 監督とプロデューサーの間でも対立はなかったんですか。

関根 それもほとんどなかったですね。増本さんはかなりこだわりが強くて、日本の映画やドラマのプロデューサーとしては珍しいくらい技術的なことにも関心があって、微に入り細に入りいろんなことを考えて、こうしたらどうか、ああしたらどうかといろいろあったので、そこは話し合いながら進めていきました。もちろん全くぶつからなかったわけではなくて、たとえば意見が食い違うということはありました。ただ、この映画自体が、観終わった後にみんなで話をしてほしいと、そういうことを謳っているものなので、作り手である僕らも、そこは大事にしてきたつもりです。

池ノ辺 プロデューサーにいろいろこだわりがあるというのは、大変じゃないかと思うのですが。

関根 今回は増本さんの脚本なので、増本さん自身のいろんな思いがある。そもそも彼の義憤から始まっているといってもいいものです。脚本の上で、そうした彼の正義感とか怒りがはっきりと反映されているところもありました。それに対して、ここは逆に引き算してみては?とか、そういう話はしました。増本さんもそれを聞いて、その方がいいですねとおっしゃってくださって改稿したところもあります。結果的には、二人ともに納得する改稿を重ねられて、より多くの人に観てもらいやすいものになったのではないかと、個人的には思っています。

池ノ辺 確かに、あまりにも思いが前面に出ていると、熱すぎて逆に引いてしまうということはありますね。そういう意味では、バランスが良くて編集もわかりやすくて、でも緊迫感などもうまく表現されていると思いました。現実に、本当に大変だったんだということがよくわかりました。

関根 当時は、いろいろな憶測も飛び交って、そこから差別が生まれたりということもあったと思います。今振り返ってみると、報道を鵜呑みにして何もしないことによって、自分たちが間接的にその差別に加担したのかもしれないと感じることがあります。その反省も踏まえて、きちんと考えておかなければ、また次にも同じようなことをしてしまうかもしれない。こうSNSの存在が強くなったらなおさら、それは重要なことなんじゃないかと思います。もちろん、だから勉強しなさいということじゃなくて、まずは、役者さんたちが素晴らしいので観てほしい。そしてそのおまけとして、そうしたことを持ち帰って考えたり、周りの人たちと話をしたり、そんなふうにしてくれたら嬉しいと思います。

池ノ辺 監督は、次にまたこういうことがあったら、別の角度からでも撮りたいですか。

関根 実際にそういうことがあったら、現実的には撮影どころじゃないでしょうけどね。大きな災害などがあったとして、僕自身は映像化したいとはあまり思わないんですけど、増本さんはそういうのは割と得意かもしれないですね。原発事故のドラマもそうですけど、大災害みたいなものを物語の中にどう閉じ込めていくかというのは彼の得意とするところじゃないかと思っています。僕は、どちらかというと、でかいスケールで起きた出来事よりも、小さいスケールでひとの目にはふれていないけれど実はすごく大事なことだったんじゃないか、というものを映画としては作っていきたいと思っています。

池ノ辺 コロナ禍のようなことが起きれば、世の中も人間も変わっていきますし、もちろんそこから心が成長するということもあると思います。この先、どういう世の中になっていくのかはわかりませんが、こういう映画が生きる力になってくれればいいと思いました。

関根 ありがとうございます。

池ノ辺 では、最後の質問です。監督にとって映画ってなんですか。

関根 僕にとって、映画は、みんなで話し合う場、それについて振り返って考えて、対話ができるような土台、そういうプラットフォームみたいなものです。もちろん自分の考えは考えとしてあって、議論の中でそれを表現したいとは思いますが、どちらかというと、そういうものが自分の中にはありながらも、まずは、みんなで一緒に話し合いたい。性格的にそういうのが好きなのかもしれません。ですから作り手としては、見終わって誰かと話したくなるような映画を作っていきたいなと思っています。

池ノ辺 この映画もこれから公開されて、ごらんになった皆さんからの、こんなことを考えたよ、こんなことを話したよ、というような声がきっと届きますね。

関根 それは、今から楽しみにしています。

インタビュー / 池ノ辺直子
文・構成 / 佐々木尚絵
撮影 / 岡本英理

プロフィール
関根 光才(せきね こうさい)

監督

造形アーティストの両親のもと東京で生まれる。2005年に初監督の短編映画『RIGHT PLACE』を発表、ニューヨーク短編映画祭の最優秀外国映画賞などを受賞。2014年に手掛けたHONDA『Ayrton Senna 1989』はカンヌ広告祭チタニウム部門グランプリを受賞。2013年、社会的アート制作集団「NoddIN(ノディン)」で活動を始め、社会的イシューを扱った作品を発表する。2018年、初の長編劇場映画作品『生きてるだけで、愛。』で、新藤兼人賞・銀賞、フランス、キノタヨ映画祭・審査員賞などを受賞。同年、長編ドキュメンタリー映画『太陽の塔』を公開。2024年、『かくしごと』を公開し、ドキュメンタリー映画『燃えるドレスを紡いで』で、ファッションのゴミと環境問題の関係性を見つめ、米・トライベッカ映画祭にて The Human/Nature Awardを受賞する。

作品情報
映画『フロントライン』

2020年2月、乗客乗員3,700名を乗せた豪華客船が横浜港に入港した。香港で下船した乗客1人に新型コロナウイルスの感染が確認されていたこの船内では、すでに感染が拡大し100人を超える乗客が症状を訴えていた。出動要請を受けたのは災害派遣医療チーム「DMAT(ディーマット)」。地震や洪水などの災害対応のスペシャリストではあるが、未知のウイルスに対応できる経験や訓練はされていない医療チームだった。対策本部で指揮を執るのはDMATを統括する結城英晴と厚労省の役人・立松信貴。船内で対応に当たることになったのは結城とは旧知の医師・仙道行義と、愛する家族を残し、船に乗り込むことを決めたDMAT隊員・真田春人たち。彼らはこれまでメディアでは一切報じられることのなかった“最前線”にいた人々であり、治療法不明の未知のウイルス相手に
自らの命を危険に晒しながらも乗客全員を下船させるまで誰1人諦めずに戦い続けた。

監督:関根光才

出演:小栗旬、松坂桃李、池松壮亮、森七菜、桜井ユキ、美村里江、吹越満、光石研、滝藤賢一、窪塚洋介

配給:ワーナー・ブラザース映画

© 2025「フロントライン」製作委員会

公開中

公式サイト FRONTLINE-MOVIE.JP

池ノ辺直子

映像ディレクター。株式会社バカ・ザ・バッカ代表取締役社長
これまでに手がけた予告篇は、『ボディーガード』『フォレスト・ガンプ』『バック・トゥ・ザ・フューチャー シリーズ』『マディソン郡の橋』『トップガン』『羊たちの沈黙』『博士と彼女のセオリー』『シェイプ・オブ・ウォーター』『ノマドランド』『哀れなるものたち』ほか1100本以上。最新作は『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
著書に「映画は予告篇が面白い」(光文社刊)がある。 WOWOWプラス審議委員、 予告編上映カフェ「 Café WASUGAZEN」も運営もしている。
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