役者の生き様が舞台に残像をもたらし、人を感動させる
池ノ辺 前作、『流浪の月』(2022) でお話を伺った時に、撮影のホン・ギョンピョさんが素晴らしいということを監督はおっしゃってましたが、今回の撮影も素晴らしかったですね。今回のソフィアン・エル・ファニさんも、やはり「風が来るまで待とう」という方ですか(笑)。

李 さすがに室内での撮影が多かったので、風を待つことはなかったです(笑)。ソフィアンは、ホンさんとまた違ったタイプですね。彼が撮影監督を務めた『アデル、ブルーは熱い色』(2013 / アブデラティフ・ケシシュ監督)という作品をご覧になったことがあるかと思いますが、あれは全編、手持ちカメラで撮影しているんです。3時間くらいの長編作品で、本当に生々しく芝居を撮っています。『国宝』は全編ということはないんですが、ここぞという時には手持ちカメラです。つまり、歌舞伎を撮っているようでいながら演じる者の心のうちを撮ろうという、そういうタイミングですね。それはソフィアンの手持ちカメラでの撮影のセンスが、最も生きた瞬間だったと思います。
池ノ辺 確かに普通に舞台を観る時とはまた違った感じがありました。さて、それでは最後の質問です。前回のインタビューの際にもお聞きしましたが、今の監督にとって映画とはなんですか。

李 影、あるいは残像のようなもの、でしょうか。役者は、舞台やカメラの前で輝くものですけど、観客はその輝きだけを観て感動しているわけではないと思うんです。その役者が舞台からはけてもそこに残る何か、つまり残像まで浴びて、観客は感動しているのだろうと。そしてその残像というのは、舞台に上がるまでの役者自身の生き様がもたらすものだと思うんですね。映画も、突き詰めていけばそういう域にまで達することができるんじゃないかと思うのです。映画は、フィルムという形で切り取っていますけれど、映画が終わって何もないスクリーンがそこにあったとして、そのスクリーンに残像として浮かび上がる何かまで含めて、観る人の心を動かす。そんな映画が撮れればいいですね。
インタビュー / 池ノ辺直子
文・構成 / 佐々木尚絵
撮影 / 岡本英理
監督
1974年1月6日生まれ。大学卒業後、日本映画学校に入学し、映画を学ぶ。99年に卒業制作として監督した『青 chong』が、2000年のぴあフィルムフェスティバルでグランプリ他4部門を独占受賞してデビュー。以降様々な作品で受賞し、2006年『フラガール』では、第30回日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞、最優秀脚本賞を受賞。初めて吉田修一作品に挑んだ『悪人』(2010年)は、第34回日本アカデミー賞13部門15賞受賞、最優秀賞主要5部門を受賞し、第35回報知映画賞作品賞、第84回キネマ旬報日本映画ベストテン第一位、第65回毎日映画コンクール日本映画大賞など国内のあらゆる映画賞を総なめにし、第34回モントリオール世界映画祭ワールド・コンペティション部門で最優秀女優賞を受賞するなど、海外でも高い評価を得る名作に。更には『許されざる者』(2013)、『怒り』(2016)、『流浪の月』(2022)など、常にその最新作が期待と評価をされている、日本映画界を牽引する監督のひとり。

抗争によって父を亡くした喜久雄は、上方歌舞伎の名門の当主・花井半二郎に引き取られ、歌舞伎の世界へ飛び込む。そこで、半二郎の実の息子として、生まれながらに将来を約束された御曹司・俊介と出会う。正反対の血筋を受け継ぎ、生い立ちも才能も異なる2人はライバルとして互いに高め合い、芸に青春をささげていくのだが、多くの出会いと別れが運命の歯車を狂わせていく。
監督:李相日
原作:「国宝」吉田修一著(朝日文庫/朝日新聞出版刊)
主演:吉沢亮、横浜流星、高畑充希、寺島しのぶ、森七菜、三浦貴大、見上愛、黒川想矢、越山敬達、永瀬正敏、嶋田久作、宮澤エマ、田中泯、渡辺謙
配給:東宝
©吉田修一/朝日新聞出版 ©2025映画「国宝」製作委員会
©Kazuko Wakayama
公開中
公式サイト kokuhou-movie