映画とは一つの「体験」
池ノ辺 この映画を観終わった時、彼女たちはこれからもずっと一緒にいるだろうなと想像してしまいました。
土井 この映画は、観た人にいろんな人たちのことを考えさせると思います。自分の周りにいる誰か、そしてかつていたけれど失ってしまった誰かのこと。劇中、西田尚美さんが増崎という男と対峙するシーンがあるのですが、そこで彼女が発した言葉の中にこの映画のメッセージが凝縮されていると感じています。一言でどういうジャンルとは言えないような不思議な映画でありながら、観終わった後にすごく普遍的なメッセージを受け取れる、そういうものになっているんじゃないかと思います。

池ノ辺 今回の撮影中には、監督ご自身も大変な事故に遭われましたよね。撮影再開を聞いた時には本当にホッとしたんですが、それによって何か変わったりということはなかったんですか。
土井 スケジュール的にはちょうど折り返しのところで、ここから本筋の芝居に入るよというところでの中断でしたが、そのことで脚本を変えるということはしませんでした。ただ、それ以前はこの物語のSF的な概念を理解しなきゃとか、頭で考えようとしていたところがあったんですが、後半はそういうことに捉われすぎないで、ただただ目の前にいる人たちの気持ちを撮っていこうと、そういう意味では非常にシンプルに作品と向き合えた気がしています。
池ノ辺 坂元さんも今回の映画ではそうした普遍的なところを表現したかったんでしょうか。
土井 「誰かが誰かを思う気持ちの純粋さ」を坂元さんはいつも描こうとしているのだと思いますね。ジャンルに関係なく。僕も2017年に『カルテット』というドラマを一緒にやりましたが、あれも恋愛ものなのかサスペンスものなのか一言でどういうジャンルとは言えない。一方で『花束みたいな恋をした』は、恋愛ものではありますが、ああいうごく普通の人たちが出会って恋をして別れていくだけの話というのは、これまでの日本映画ではあまりなかったんじゃないかなと思います。何らかの障害、枷を主人公たちに追わせるところから始まるものが多いですよね。坂元さんはいつも、ジャンルではなくて、もっと普遍的な「人間」というものを描こうとしているのだと思っています。だから今回のこの作品も「坂元さん、こんなのをやるの?」とは思わなかったですね。

池ノ辺 観てくださった方たちが、これをどう受け止めるのかは気になるところですね、
土井 それはすごく楽しみですよね。
池ノ辺 それでは最後の質問です。監督にとって映画ってなんですか。
土井 僕は、映画は体験だと思っています、だから観た人の体験になるようなものを作りたいと思っています。
池ノ辺 それは何か監督ご自身の経験によるものですか。
土井 16歳の時に、『ディア・ハンター』(1978)という映画を映画館で1人で観たんです。急にベトナム戦争の戦場に放り出されたような気持ちになってものすごくショックを受けて、家に帰っても家族とも口をきけないほどでした。その原体験がいまだに自分の体の中に残っていて、あの映画を観たことが自分の人生にとって一つの大きな「体験」だったと思えるんです。映画といっても今はいろいろあって、それこそスマホでも観られるものもあります。もちろんそれはそれで映画だと思いますけど、ただコンテンツとして消費されるというだけでは勿体ない。わざわざ電車に乗って映画館に出かけて行って、大きなスクリーンと音に身をゆだねてそれ自体がいつまでも人生の体験として残るようなものであってほしい。そういうものが映画だと思いたいですね。

池ノ辺 その体験から映画監督になろうと思ったんですか。
土井 それがすぐに結びついたわけではないんですけどね。
池ノ辺 でもその体験があって、結果的に今、こうして映画監督をされているんですね。これからの作品も楽しみにしています。
インタビュー / 池ノ辺直子
文・構成 / 佐々木尚絵
撮影 / 岡本英理
監督
1964年生まれ、広島県出身。
早稲田大学卒業後、1988年にTBSに入社し、テレビドラマのディレクターとして「愛していると言ってくれ」(95)、「青い鳥」(97)、「Beautiful Life」(00)、「GOOD LUCK!」(03)等、数々のヒット作を手掛ける。04年には『いま、会いにゆきます』で映画監督業にも進出。以降、コンスタントにテレビドラマ、映画それぞれで話題作を手掛け、『罪の声』(20)にて、第33回日刊スポーツ映画大賞・石原裕次郎賞と第45回報知映画賞で作品賞を、第44回日本アカデミー賞では監督賞や作品賞など計11部門で優秀賞を受賞し、その手腕が高く評価された。坂元裕二とは、チーフプロデューサーと演出を務めた「カルテット」(17)を経て、坂元が書き下ろした初のオリジナル恋愛映画『花束みたいな恋をした』(21)でもタッグを組み、コロナ禍での公開にもかかわらず、全国映画動員ランキング(興行通信社)で6週連続1位、15週連続トップ10にランクイン、興行収入は38億円を突破する社会現象となった。その他の映画作品として、『涙そうそう』(06)、『ハナミズキ』(10)、『麒麟の翼〜劇場版・新参者〜』(12)、『映画ビリギャル』(15)など。公開待機作に『平場の月』(出演:堺雅人、井川遥/2025年秋公開)がある。

現代の東京の片隅で、古い一軒家で一緒に暮らす、美咲、優花、さくら。仕事に行ったり学校に行ったりバイトに行ったり。家族でも同級生でもないけれど、お互いを思い合いながら他愛のないおしゃべりをして過ごす、楽しく気ままな3人だけの日々。もう12年、強い絆で結ばれているそんな彼女たちの、誰にも言えない“片思い”とは‥‥。
監督:土井裕泰
脚本:坂元裕二
出演:広瀬すず、杉咲花、清原果耶、横浜流星、小野花梨、伊島空、moonriders、 田口トモロヲ、西田尚美
配給:東京テアトル、リトルモア
©2025『片思い世界』製作委員会
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