自然との出会い、人との縁が化学反応を起こし、物語が深まる
池ノ辺 全体的にロードムービーならではの空気感がとても良いと思いました。人間の感情、特に今の若い子たちの状況が表現されていて、彼らが誰かと、何かと関わっていくことでどんどん変わっていく。全体の構成は原作とちょっと変えていますよね?
瀬々 最初の部分は、回想形式にしてますね。そういう意味では現代に置き換えているといえるかもしれません。
池ノ辺 だから、ストーリーの展開について行きやすかったのかな。
瀬々 今の小学生は、地震といってもピンと来ないんですよ。東日本大震災という大変な震災があったといっても彼らが生まれる前のことで記憶にないですし、それって僕たちにとっての第2次世界大戦みたいな感覚なんでしょうね。だからそれを、小学生含めた若い子たちに伝えるには、「こういうことがありました」という語り的に入った方がいいかなと思ったんです。それで冒頭は西野さんが小学生の女の子へ震災の話を語るという導入になっているんです。

池ノ辺 あの導入はわかりやすかったです。ほかに撮影中のエピソードなど、あれば教えてください。
瀬々 琵琶湖での結婚式のシーンですね。その時に雪が降って、それは全く予定にないものでした。しかも、あそこにはロープウェイに乗らなければ行けないのに、雪で運行しないかもしれないという、大変な中での撮影でした。
池ノ辺 動いたんですか。
瀬々 動きました。でも滋賀県では本当に天候に悩まされました。3月の撮影で、大津市内で、車で走るシーンを撮ろうと思っていたのが、それも雪で中止です。映画って本当にナマモノで、自然がすごく重要でそこに左右される部分も大きいんです。そういう中で、どう役者さんを迎えるかも悩ましいところです。でもそれが逆にうまく作用することもありますしね。
池ノ辺 じゃあ、雪は天からの恵みだったんじゃないですか (笑) 。
瀬々 そうかもしれないですね。
池ノ辺 SEKAI NO OWARI の音楽がまた素晴らしかったですね。
瀬々 彼らにオファーしたところ、「できました」と返ってくるのがものすごく早かったんです。聞くと、Fukaseさんの友人で2018年に亡くなった千葉龍太郎さんが生前作りかけていた曲だそうで、今回の主題歌を作るにあたり映画を観たら、その曲のことが思い浮かんで、これを使いたいという思いが湧き上がったんだと。それで千葉さんとFukaseさんの共作なんだそうです。そこでも化学反応があったんでしょうね。
池ノ辺 いろんなところで化学反応が起こっていたんですね。
瀬々 そうですね。歌詞も映画にピッタリ、ハマっていました。

池ノ辺 監督のお話を伺って、皆さんの思いが重なり合って出来上がった映画だと改めて感じました。さて、最後の質問ですが、監督にとって映画とはなんですか。
瀬々 僕にとっては、生きることと一緒かな。それはもちろん、仕事ということでもあるんですが、生きることというのは、何かを見つけていくことだし、それなしには楽しくない。僕らは、映画を通していろんなことを見つけていっているし、そこで人との出会いもある。それがなければ、僕は人とも出会わないでしょうし、いろんな出来事と触れ合ったりすることもない。映画があるから、映画を通して僕はいろんな世界と触れ合っている。それは僕にとっては生きるということとイコールだと、そう感じています。それは、映画を見るということでも行われてることだと思います。
インタビュー / 池ノ辺直子
文・構成 / 佐々木尚絵
撮影 / 岡本英理
監督
1960年5月24日生まれ、大分県出身。京都大学在学中から自主映画を制作。卒業後、獅子プロダクションに所属し、助監督を経て、1989年に『課外授業 暴行』で監督デビュー。2010年、自主制作した『ヘヴンズ ストーリー』が第61回ベルリン映画祭国際批評家連盟賞を受賞し評価され、以降数々の話題作、ヒット作を手掛ける。 主な作品に『64 前編・後編』(2016) (第40回日本アカデミー賞・優秀監督賞受賞)、『8年越しの花嫁 奇跡の実話』(2017)、 『糸』(2020) 、『護られなかった者たちへ』(2021) (第45回日本アカデミー賞優秀監督賞受賞)、『ラーゲリより愛を込めて』(2022) 。繊細で丁寧な演出に定評があり、骨太で社会派な題材からラブストーリーまで幅広く手掛ける。最新作は『春に散る』(2023) 。

震災から半年後の宮城県仙台。職を失った青年・和正は、同じく震災で飼い主を亡くした一匹の犬・多聞と出会う。聡明な多聞は、和正とその家族に瞬く間に懐き、一家にとって無くてはならない存在となるが、多聞は常に「南の方角」を気にしていた。そんな中、家族を助けるため、危険な仕事に手を染めてしまった和正は、事件に巻き込まれ、その混乱の最中に多聞は姿を消してしまう。時は流れ、多聞は滋賀で悲しい秘密を抱えた女性・美羽の下で過ごしていた。多聞と過ごすことで、徐々に平和な日常を取り戻してく美羽の前に、多聞の後を追ってきた和正が現われる。こうして2人と1匹の新たな生活が始まるが、痩せ細った身体で傷ついた人々に寄り添いながらも、たった一匹で「南の方角」に向かって歩いていく多聞には、1人の少年と誓った約束があった――。
監督:瀬々敬久
原作:馳星周「少年と犬」(文春文庫)
出演:高橋文哉、西野七瀬、伊藤健太郎、伊原六花、嵐莉菜、木村優来(子役)、栁俊太郎、一ノ瀬ワタル、宮内ひとみ、江口のりこ、渋川清彦、美保純、眞島秀和、手塚理美、益岡徹、柄本明、斎藤工
配給:東宝
©2025映画「少年と犬」製作委員会
公開中
公式サイト shonentoinu-movie