震災から半年後の宮城県仙台。職を失った青年・和正は、同じく震災で飼い主を亡くした一頭の犬・多聞(たもん)と出逢った。多聞は和正とその家族に瞬く間に懐いたが、なぜか常に<西の方角>を気にしていた。そんな中、家族を助けるため危険な仕事に手を染めてしまった和正は事件に巻き込まれ、その混乱の最中に多聞は姿を消してしまう。
時は流れ、多聞は罪を隠し続ける女性・美羽と滋賀県にいた。そこに、多聞を追いかけてきた和正が現れる。多聞と過ごすことで美羽は徐々に自分を取り戻し、2人は少しずつ心を通わせ始めるが、美羽が犯した罪は2人をどこまでも追いかけてきた。美羽との約束を叶えるため、和正は多聞とともに西に向かう。それは多聞の大切な存在である“少年”を探す旅。そこに待ち受ける過酷な運命、そして奇跡とは―― 。
原作はノワール小説の旗手 馳星周が2020年に発表した直木賞受賞作「少年と犬」。様々な背景を抱えた人々と犬の多聞の触れ合いを描いたこの短編連作小説を、『ラーゲリより愛を込めて』(2022)の製作陣が再集結し映画化。多聞と旅する青年・和正に高橋文哉、多聞に命を救われる女性・美羽に西野七瀬を迎え、瀬々敬久監督がメガホンをとり、人間と犬のかけがえのない絆の物語をスクリーンに描き出す。
予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』、今回は、映画『少年と犬』の瀬々敬久監督に、本作品や映画への思いなどを伺いました。

震災が起きた東北から九州へ5年、3000キロの旅。そのロードムービーを彩る役者たち
池ノ辺 この作品は、馳星周さんの原作「少年と犬」があって、映画化という流れですが、『ラーゲリより愛を込めて』の企画プロデュースの平野隆さんともう一度タッグを組みたかったということだったんですか。
瀬々 確かに平野さんから話がありましたけど、原作がいいお話だったんです。連作短編集という面白い構造で、犬はずっと通して出てきますが、主人公はどんどん変わっていって、東北から九州熊本まで、犬とともに日本を横断していくロードムービーしていくというその構成に、興味を惹かれました。
池ノ辺 平野さんは、予告編のワンカットワンカットにもこだわる方なので、本編はもっとこだわりがすごかったんじゃないですか。
瀬々 それはもう熱心ですよ。脚本作りからそうですし、現場にもほぼ毎日来てました。そして編集にもね。本当に驚くべきパワーを持って挑んでいます。

池ノ辺 主人公が変わっていくということですけど、その中でも中心になるのが、高橋文哉さんと西野七瀬さんですね。高橋さんも西野さんも、以前から活躍されていましたが、いい役者さんになりましたよね。撮影現場ではどうでしたか。
瀬々 僕は、彼らを前からよく知っていたというわけではないので、その辺の変化はよくはわからないですが、高橋くんは、今までの役柄と違うところに、クランクイン当初は戸惑っていたように思います。最初だけですけどね。しかも深刻な内容の映画なのに、出だしの頃の彼は、ちょっとバカっぽいじゃないですか。それに対する違和感もあったのかもしれません。僕としては「チャーミングにやってくれ」と言ったんですが、そのイメージがどうもうまく伝わっていなかったのかな。僕らの世代からすると、たとえば松田優作とかショーケン(萩原健一)みたいな、昔のスターのイメージですよ。最初はちょっと軽薄にみえるんだけど、でも、というのが流儀ですよね(笑)。そのイメージで「チャーミングに」と言ったんですが、それが伝わっていなかったような気がしました。もしかしたら最近は語彙としてはあまり使われないのかもしれません (笑) 。



池ノ辺 確かに、今はチャーミングって言わないのかもしれませんね。
瀬々 そんな気がしました。でもすぐに理解してくれましたけどね。そして実際に話の流れとしてちょっと軽いところから、西野さん演じる美羽に出会う中で、だんだん真面目になって本心も語るようになっていくという構成にマッチして、うまい形で進んでいってくれたと思いました。
池ノ辺 昔の役者はそうだったというのは、私もすごくよくわかります。軽くてちょっと間抜けなところがあって、でも最終的にはそれも活かされてもっと感動するという‥‥ (笑) 。
瀬々 青春スターというか、そういうパターンですよね。
池ノ辺 ということは、高橋さんもこの先、彼らのような役者になりそうですね。
瀬々 時代を代表するようなね。
池ノ辺 西野さんはどうでしたか。
瀬々 西野さんも、僕は以前からよく知っているというわけではなくて、作品も『孤狼の血 LEVEL2』(2021)くらいしか観ていないんです。ただ、今回一緒に仕事をした感じでは、その場に行くとポンと馴染んで役者として立ってくれる、そういうところがありました。その場の化学反応がすごいというか、相手がいればその人とのやり取りの中で新しいものを生み出す。あまり説明しなくてもその役柄に、その人になってくれる。そういう勘の良さ、直感能力に優れている役者だというのはすごく感じましたね。


池ノ辺 そしてこの2人の間に犬の多聞がいました。
瀬々 多聞は素晴らしかったですよ。そもそも普通は、補欠要員を用意してやるところを、今回は多聞を、さくらという犬が1頭で全部通しました。優秀な犬でした。
池ノ辺 監督が演技指導をしたんですか。
瀬々 するわけないじゃないですか (笑) 。そんなことしたら怯えてしまいます。勘のいい犬でしたし、トレーナーさんも熱心にやってくれました。事前に、こういう動きがあります、ということは伝えていたんですが、それをきちんと訓練してできるようにして撮影現場に挑んでくれました。
池ノ辺 他の出演者さんたちも、もちろん素晴らしかったのですが、なんと言っても多聞には泣かされました。「いい役者だなあ、このワンちゃんは」と思いながら涙しました。
瀬々 確かに、多聞は不思議な力を持っていて、物語の中ではある種「神の領域」のようなところがある存在ですよね。そういう部分も、さくらは体現してくれているなあという感じはしました。もっとも、それは僕らがそう思っているだけで、さくら自身は何も考えていないのかも知れませんが (笑) 。
池ノ辺 そんなことないと思いますよ。特に多聞がアップになったりすると表情が豊かなのがわかるので、どんどん引き込まれていきましたから。
