Feb 19, 2025 interview

塚原あゆ子監督が語る 松たか子と松村北斗、2人のセッションで深まる思いと揺れる感情 『ファーストキス  1ST KISS』

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続けることの尊さ、そこから見えてくる「本当にやりたいこと」

池ノ辺 監督は元々監督になりたかったんですか。

塚原 普通に就活をして、たまたまそういう会社に就職しちゃったんです。

池ノ辺 映画監督の木下恵介さんの制作プロダクション、ドリマックス・テレビジョン(現TBSスパークル)ですね。

塚原 はい、他は印刷・出版関連の会社をメインで受けたんですけど、結局、木下恵介さんの制作プロダクションに就職しました。

池ノ辺 本当は印刷・出版業界に行きたかったんですか ?

塚原 目標がある人間ではなかったんです。就職はしなくてはいけないと思ったから、周りがマスコミ関係を受けていたので、広くその辺りに願書を出したりはしていましたけど、一番最初に内定をもらった制作プロダクションに入社しました。その頃でも女性は監督にはなれないと言われていましたが、そういうものかと思って、助監督をやり、プロデューサーを4、5年やったのかな。プロデューサーとして作品を2、3本企画して、そのうちに私の企画を撮る人がいないというので、自分で監督することになりました。

池ノ辺 じゃあ、なりたいというよりは自然とそうなった。

塚原 この仕事って、続けていないとできないんですよ。もちろん、映画監督の中には、若いうちに賞をとって、すぐに監督に、という方もいらっしゃるけれど、テレビドラマなどはどうしても下積みみたいな時期が長いんです。それをやっているうちに、好きなこと、やらなきゃいけないこと、何が自分に向いているのか、そんなことが見えてきて、気がついたら転がるように自然に監督になっていたという感じです。

池ノ辺 私も、女性は監督になれないような時代を知っていますから、よくわかります。でも私は、幸運なことに「これからは女性の感性が生かされるような面白い時代が来る」と言っていたディレクターに出会って、予告編制作を教えてもらっていました。

塚原 好きなこと、向いていることはすぐには見つからないんです。だから、やりたいことが見つかるまで、辞めずに続けるというのが非常に尊いことなんだということを理解してもらえたらなと思います。もちろん「どうしてもやりたい!」ということで真っ直ぐに監督になる人もいるんだけれど、そうじゃない人の方が多いと思うんです。でも日々の生活の中で、それは映画監督に限らず、好きなことは探せば必ず見つかる。もちろん、これは違うからと次々に転職されるというのも、それはそれで一つの選択だし、素敵なことだと思うんですが、続けることで見えてくるという世界もあって、その道じゃなければ匠と呼ばれる人たちにはなれないんです。自分がそうだとは思わないけれど、ある一定の努力と我慢と、ある一定の繰り返しの日常の中に、本当に好きなものが磨かれていく瞬間があるので、自分が好きなものは何か、やりたいことは何かがわからないと感じていても、焦らないで、毎日毎日普通に大切に生きていく中でも見つかるから、安心してほしい、そんな思いがあります。探そうと思ってどんどん変えるとわからなくなってしまうこともあると思う。もちろんどっちの道が正しいとかはなくて、どっちも正解だとは思いますけれど。

池ノ辺 その言葉は、本当に若い子たちの力になると思います。さて、最後の質問です。監督にとって映画ってなんですか。

塚原 「音」の可能性について考える、というタイミングにいつもなっている気がします。元々ドラマってラジオからスタートしているので、耳で聴いてわかるようになっているんです。お皿を洗いながら画面を見なくても、時々手を止めて見る程度で理解できる。“ながら見” が決して悪いこととはとらえていない文化ですね。それに対して映画というのは、音のないところからスタートしています。音は後からつけられて、トライ&エラーの歴史を重ねてきたわけです。音がなくても、どこまでこの画角で表現できるか、どれだけの厚みを持ったイメージを一つの画(え)に入れ込めることができるか。もしくはあの素晴らしい映画館という環境で、どうしたら音をもっと効果的につけられるか、そんなことを思う瞬間です。私は作り手なので、どうしても作る方から考えてしまいますね。

池ノ辺 ドラマと映画の作り方の違いは、どのように考えられているんですか。

塚原 初めの頃はわかっていませんでした。けれど、この間、『グランメゾン・パリ』でたまさか両方いっぺんにやったので、変えないとまずいんだということを理解して、自分なりに少しずつ変えてみています。今はまだ途上だけれど、やっているうちにもしかしたら答えが見つかるのではないかという気がしてますので、自分なりの距離感でやり続けてみようと思っています。

池ノ辺 今はドラマも映画もどんどんいろんな意味で変わってきているので、そういう中で、また新しい分野でもお会いしたいですね。今後のご活躍も楽しみにしています。

インタビュー / 池ノ辺直子
文・構成 / 佐々木尚絵
撮影 / 岡本英理

プロフィール
塚原 あゆ子(つかはら あゆこ)

監督

TBSスパークル所属のプロデューサー・ディレクター。演出を担当したドラマに「アンナチュラル」「グランメゾン東京」「MIU404」「最愛」「石子と羽男―そんなコトで訴えます?―」「下剋上球児」などがある。2018年に『コーヒーが冷めないうちに』で映画監督デビュー。2023年『わたしの幸せな結婚』 2024年『グランメゾン・パリ』『ラストマイル』でも監督を務めた。

作品情報
映画『ファーストキス 1ST KISS』

結婚して15年目、事故で夫が死んだ。夫とは長く倦怠期で、不仲なままだった。残された妻は第二の人生を歩もうとしていた矢先、タイムトラベルする術を手に入れる。戻った過去には、彼女と出会う直前の夫の姿があった。出会った頃の若き日の夫を見て、彼女は思う。わたしはやっぱりこの人のことが好きだった。夫に再会した彼女はもう一度彼と恋に落ちる。そして思う。15年後、事故死してしまう彼を救わなくては‥‥と。

監督:塚原あゆ子

脚本:坂元裕二

出演:松たか子、松村北斗、吉岡里帆、森七菜、YOU、竹原ピストル、松田大輔、和田雅成、鈴木慶一、神野三鈴、リリー・フランキー

配給:東宝

©2025「1ST KISS」製作委員会

公開中

公式サイト 1stkiss-movie.toho

池ノ辺直子

映像ディレクター。株式会社バカ・ザ・バッカ代表取締役社長
これまでに手がけた予告篇は、『ボディーガード』『フォレスト・ガンプ』『バック・トゥ・ザ・フューチャー シリーズ』『マディソン郡の橋』『トップガン』『羊たちの沈黙』『博士と彼女のセオリー』『シェイプ・オブ・ウォーター』『ノマドランド』『哀れなるものたち』ほか1100本以上。最新作は『名もなき者/A COMPLETE UNKNOWN』
著書に「映画は予告篇が面白い」(光文社刊)がある。 WOWOWプラス審議委員、 予告編上映カフェ「 Café WASUGAZEN」も運営もしている。
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