2人のセッションで深まる思い、揺れる感情
池ノ辺 キャスティングも良かったですね。松たか子さん素敵でした。
塚原 私は今回初めてご一緒したんですが、松さんと仕事をすると言うと、皆さん「いいなあ。素敵な人だよ」と言われたんです。そして実際素敵だなと思うし、またご一緒したいと思わせる方でした。
池ノ辺 物語が進むに連れて、一度は離婚した間柄なのに、出会った当初のようにだんだん彼への想いが大きくなっていく、その変化が表情にも溢れていて‥‥。
塚原 実際には台本の頭から順番に取っているわけではなく、シーンはバラバラに撮っているんですが、それでもちゃんとつながるんですよね。編集しながら、役者さんって素晴らしいとあらためて思いました。
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池ノ辺 松村北斗さんも難しい役ですが、素晴らしい演技でした。
塚原 撮影中に2人のセッションが上手くなっていく感じがあって、後半の時間軸での密な感じの2人の関係性も、それまでの関係の中からヒントを得て2人で出し合っている、そんな感じでした。カンナがタイムトラベルして出会った時間軸の駈は、決して順風満帆ではなく、カンナはそれを見て、自分と結ばれない方が良かったのではないか、そうしたら彼の人生は、もっと彼の思うように行ったんじゃないか、そう想像して身を引こうとします。彼は、リリー・フランキーさん演じる大学の教授にこき使われ、やりたいことは見えているようだけれどもまだ確実に掴みきっていない。好きなことはあっても果たしてそれで一生食べていけるのか、自信もない、そんなところにいます。その彼に、カンナは目的を与えるかのようにして去っていくわけです。その時に駈はカンナを好きになるわけですが、〈それは一元的なもので、大事なのはその時に彼が自分を見つけることができた〉という意味のことが台本にありました。カンナと駈がそうであるように人と人がセッションすると、化学反応が起きて、それは何らかの目標をもたらしたりするわけです。そして違う結末の待つ違う次元に進んだりする。それはすごく優しい解釈だなと思って台本を読みました。
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池ノ辺 松さんと松村さん、2人は最初から仲が良い感じだったんですか。
塚原 初対面でしたから、最初からということはなかったと思います。最初の頃はそれぞれ単独のシーンからの撮影が多くて、2人のシーンはあまりなかったんです。そこから徐々にセッションする中で仲良くなっていってるなと、そういう感じは見受けられました。後半の幸せな日常の景色も、その辺から育まれた2人の関係性なんだと思います。
池ノ辺 そうやってセッションを重ねることによって2人の関係性も変わっていって、後半はエモーショナルなストーリーになっていったと感じたのですが‥‥。
塚原 最初のカンナと別次元のカンナはかなり違いますよね。何も知らないカンナと知っているカンナとでは、全く違う表情をするでしょうし、そのカンナに向き合った時、駈もまた、違ってくるだろうなと思います。そのセッションの感じがベースにあって、2人が、その関係が、素敵になっていくといいなと、そんな思いで撮っていました。
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池ノ辺 観ているこちらの感情も、一緒になって揺さぶられる感じがありました。
塚原 映画の最初の方では、駈の気持ちはよくわからない。感情が表には出ていませんよね。タイムトラベルでカンナが15年前に戻って、そのゼロ地点で、出会うわけですから。でも後半は、2人の気持ちがなんとなくでも理解できているから、観ている方にとっては理解する幅も倍に広がっていて、その分感情も動きやすくなっているのではないでしょうか。
池ノ辺 なるほど。その辺りは、演出で、細かく指定することなどあったんですか。
塚原 私は、あまり台本で仕掛けていくというような感じでは撮っていないですね。ただ、「この映画としてはこういうふうに解釈した方がいいだろう」というのはあります。それはこの作品だけじゃなくて、『ラストマイル』は『ラストマイル』の、『グランメゾン・パリ』は『グランメゾン・パリ』の、それぞれの解釈、世界観があって、同様にこの『ファーストキス 1ST KISS』でもあります。当然それぞれの解釈は違ってきますけれど、台本に向かう姿勢としてはあまり変わっていないと思います。難しいのは俳優部さんで、監督としてはどんな作品であれやることは変わらない。「この作品はこう解釈しているよ」と振って、あとは取りまとめるだけです(笑)。
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池ノ辺 坂元さんの台本では、一つ一つのシチュエーションで、たとえば靴下のシーンとか、ご飯を食べるシーンとか、ポイントになるところがあると思うのですが、その辺りの表現で工夫されたことは何かありますか。
塚原 靴下のシーンは坂元さんが一番最後に加筆されたところなので、大事に撮りました。食卓のシーンは、実は私はほとんど料理をしないので、ちょっと苦手意識があるんです。食べる順番にしても配膳の位置も、お味噌汁をどこに置けばいいのかとか、自分ではよくわからないんですよ。劇中、クリスマスのシーンがあったんですけど、私が自分の感覚で「まずケーキを切りますよね」と言ったら2人に「ええっ?」と驚かれて、もう何か言うのはやめようと(笑)。人と違うのはまあ、あることですが、これは私がどうこう言うより、お2人に任せて、その動きのイメージを邪魔することなくやってもらった方がいいだろうと思いました。
池ノ辺 カンナの動きって、監督のイメージに近いのかと思っていたんですが。
塚原 それはないと思います(笑)。松さんは、坂元さんが台本に書かれたカンナを生きようと、そこに潜っていくように演じる方なんです。だからその中のイメージのカンナですから、いつもの松さんがそのまま出ているわけではないですね。それは本当にすごかったです。
池ノ辺 愛がいっぱい詰まった映画でした、観終わって人に優しくなれる、そんな作品ですね。
塚原 私としては、あまりラブストーリーで推さない方がいいんじゃないかという思いがあります。というのも、この映画で伝えたいのは夫婦の関係だけじゃない。友達とか、父とか母とか、些細なことで仲違いしてしまったとか、あの時にあんなこと言わなければよかったとか、そんな思いを抱えてきている人たちに、ぜひ観てほしい。だからことあるごとに「夫婦に限らず」と言っているんです。