テストなしの緊張感の中だからこそ表現される芝居
池ノ辺 撮影はどのように進めていったんですか。
岸 いつものように僕は何にもしていなかったです(笑)。
池ノ辺 そんなことはないでしょう(笑)。
岸 いや本当です。いつものように段取りをちょっと確認したら、テストはせずにカメラを回す。その緊張感の中に慣れじゃない芝居があると思っています。宮藤さんが2回、現場に見学に来たんですけど、それをみて「テストはやらないんだ」と驚いていました。
池ノ辺 それは監督のいつものやり方なんですか。
岸 そうです。もちろん『あゝ、荒野』のボクシングシーンのような場合は、怪我の危険があるので絶対にそういうことはしないですけど、普通の日常のシーンなどは、ほとんど段取りを確認したらそのまま本番に行きます。
池ノ辺 じゃあ、居酒屋のシーンなんかも?
岸 シーンの中で、どの人物から撮り始めるか、あるいは引きの画からのスタートかどうか、その辺りは事前に相談します。それでまず撮っていく。ある意味それは賭けですよね。それでその最初のテイクがそのシーンのベースになって、次は寄りのものを撮るとか、何度も同じ芝居を頭からやっていって撮ります。そこから表情とかはいいものを編集することはありますが、基本は1回です。
池ノ辺 リハーサルを重ねるのと違ってある種の緊張感もあると。
岸 自分はそういうやり方しかしていないので、他と比べようがないんですが、繰り返し繰り返しリハーサルをして、結果として削ぎ落とされたものが生まれるというやり方もあると思うんですけど、一方で、いろんなものを加える前のシンプルなところを撮る、というやり方がある。それがこの組のやり方なのかなと、最近そういう気がしています。
池ノ辺 そういうやり方の中だったからなんでしょうか、百香さんのお父さん役の中村雅俊さんも素の優しいところが出ていましたね。
岸 アングルによって毎回芝居が変わるんです。それは中村さんだけじゃないんですけど、そういうことは往々にしてあります。ただ、テストの繰り返しではないので、演じる人たちの芝居によるハーモニーができつつある段階にあって、そこにさらに何かがプラスされていくというようなことです。ですから単純に芝居が変わってしまったから使えないわけではなく、それはOKテイクにできる。そこは臨機応変にやっています。
池ノ辺 お話を聞くだけでも、現場がとても楽しそうです。
岸 今回はコメディということももちろんあるんですが、本当に毎日笑いっぱなしだったんです。撮影の初日に宿に帰ったら、なんだかお腹が痛かった。どうも笑いすぎて筋肉痛になったみたいで、揉みました(笑)。
池ノ辺 それが画面にも溢れていました。
岸 その分、編集は難しかったです。1秒短くなっただけで笑えなくなる、ということがあり得ますからね。だからこそ、現場で自分が笑った感覚が頼りでした。
池ノ辺 編集が大変だったんですね。役者さんたちもいないし。
岸 みんないい気分で帰っているのに、出来上がった映画が「全然笑えねーじゃん」ってなってたら大変ですからね。そうならないようにすごく頑張りました(笑)。