役者の「自分発」で生まれたものの力強さ
池ノ辺 編集者役の唐沢寿明さんも素晴らしかったです。
前田 素晴らしかったですね。やはり好敵手がいないとダメなんですよ。お互いに切磋琢磨するような強い相手がいないとね。バディものでもそうですよ。このモンスターに対抗するには、唐沢さんが必要でした。いっぱいまで振り切ってやろうという唐沢さんの意気込み、プロ意識がすごく出てましたよね。
池ノ辺 髪型とかヨレヨレの感じとか、くたびれた編集者の雰囲気がすごく出ていました。
前田 あのメガネも、唐沢さんのアイデアです。こちらも、かけてもらおうとは思っていたんですが、唐沢さんが自分で先に提案されたんです。そういう容姿のことでもセリフでも演技でもそうですが、こちらが「こうしませんか」というのでなく役者が自分発で言い出すことって強いんですよ。役者自身が「こうした方がいい」と自分で感じているということですからね。
池ノ辺 実際に役者さんたちから「ここはこうしたほうがいいのでは?」という提案が色々あったんですか?
前田 提案はいくつもありましたし、いきなりその場でアドリブとして出てきたものもありました。草笛さんがとんでもないことをやり出したりして。でもそれに対応できるのは唐沢さんしかいなかったと思います(笑)。
池ノ辺 それって例えばどんなシーンですか。
前田 本ができて、唐沢さんが「刷り上がりました」と先生に渡すでしょ。それを突き返すシーン、あれは台本にはなかった。いきなり2人で始まって、しかも「いつまで続くんだ?」というくらいずっとやってました。それがおもしろくて(笑)。
池ノ辺 演じる中でそういうやりとりがどんどん生まれてきたんですね。
前田 「映画は生き物である」という、まさにそれですよね。今回はそれが如実に出せたし、だからこそ、この映画が輝いて生き生きしているのかなと思います。
池ノ辺 一度、撮影現場に伺わせて頂いたんですが、あれは愛子先生のお家のシーンでした。愛子先生のお家をそのままセットとして作られたんですか?
前田 そうです。美術部、装飾部の皆さんが頑張ってくれました。撮影しやすいように玄関の大きさや階段の位置など一部を変えただけで、あとは実際の愛子先生のお家を細部にわたって見事に再現しました。
池ノ辺 昭和の落ち着いたとてもいい感じのお家でした。
前田 草笛さんが、ここはすごく居心地がいい、ここで生活したいくらいだとおっしゃってましたからね。それって役者がパフォーマンスをする上ですごく重要なことなんです。こちらは場を提供することしかできません。実際に演じるのは役者さんですからね。そういう意味では美術・装飾の勝利です。