Jun 17, 2024 interview

黒沢清 監督が語る フランスを舞台に、26年の時を経てセルフリメイクで生まれ変わった『蛇の道』

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8歳の愛娘を何者かに殺されたアルベール・バシュレは、偶然出会ったパリで働く日本人の心療内科医・新島小夜子の協力を得ながら、犯人探しに没頭。復讐心を募らせていく。だが、事件に絡む関係者たちを拉致監禁し、彼らの口から重要な情報を手に入れたアルベールの前に、やがて思いもよらぬ恐ろしい真実が立ち上がってくる‥‥。

本作『蛇の道』は、黒沢清監督が、1998年に劇場公開された同タイトルの自作を、フランスを舞台に新島小夜子役に柴咲コウを迎えてセルフリメイクし、自ら「最高傑作ができたかもしれない」と公言するほどのクオリティで放つリベンジ・サスペンスの完全版である。

予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』、今回は、『蛇の道』の黒沢清監督に、本作品や映画への思いなどを伺いました。

26年目のリメイクで変わったこと、変えなかったこと

池ノ辺 この作品は、監督ご自身の作品『蛇の道』(1998)のセルフリメイクになるわけですが、なぜこの映画をもう一度撮ることになったのでしょうか。

黒沢 自分から動き出したわけではないんですよ。5年くらい前でしょうか、フランスのプロデューサーから、「君の作品の中で何かフランスでリメイクしたいものはあるか」と聞かれたんです。そんなことを聞かれるとは想定していなかったんですが、でも「『蛇の道』をやりたい」と即答していました。

池ノ辺 なぜ『蛇の道』を?

黒沢 一つには、その前にフランスで『ダゲレオタイプの女』(2016)という作品を撮っていて、たいへん気持ちのいい経験ができたので、チャンスがあったらまたフランスで撮りたいという思いがありました。もう一つは、オリジナル版の『蛇の道』の脚本は、僕の友人で『リング』(1998)などの脚本家、高橋洋が書いていて、当時からすごく面白い話だと思っていたということがあります。Vシネマで撮ったので、あまり知られていないような映画でした。でも、復讐するという物語自体は普遍的でいつの時代でもどんな国であっても、おそらく成立するんだろうと思っていましたから、自分で自分の作品をリメイクしないかと言われたときに、すっとこの作品が出てきたんです。

池ノ辺 今回、オリジナル版では二人とも男性だった主人公のうちの一人が女性、柴咲コウさんになりました。それはなぜなんでしょうか。

黒沢 実は、そこにはそれほど深い考えがあったわけではないんです。ただ、今回新たにフランスを舞台にして脚本を書いたのですが、同じところは同じでいいけれど、まったく違う要素も入れたいと思って。もちろん、舞台をフランスにするという設定ですでに違ってはいるのですが、もう少し根本的なところで全然前と違うように見えるためにはどうしたらいいだろうかと悩む中で、割と単純な発想ではあるんですが、主人公の一人を男から女に、かつフランス映画ではあるけれど日本人に、それで見え方が変わるんじゃないかと思ったんです。

池ノ辺 そんなふうに登場する人間をオリジナル版と変えたことで、全体としてはどう変わったんでしょうか。

黒沢 不思議なもので、男女のペアだと、娘を殺された復讐であることは同じでも、男の方には当然妻がいて、女の方には夫がいるということが浮かび上がってきたんです。この夫婦の話というのはオリジナルでは全く触れられていないんですけど、男女のペアにしたら、それぞれの夫婦の物語が、この映画の最終到達点になっていきました。これはオリジナルと全く違う展開で、意図してこうなったというよりは、主人公の一人を女性に変えたところから自然な流れでそういう脚本になったんです。

池ノ辺 本作とオリジナル版と両方拝見したんですが、同じところは本当に同じでしたね。それも面白かった。

黒沢 自分の作品のリメイクなど初めてですから、どれだけ前作と似せるか、その塩梅は適当で、はっきりしたプランはなかったんです。ただ、大きく変えるところは変えたので、他は、同じでいいかなと。まあ、杜撰と言えば杜撰かも知れませんが(笑)。ですから、撮り方とか、細かいことを言えば、拉致してきた人間をつなぐ鎖の長さの設定もオリジナル版と一緒です。

池ノ辺 セリフもアクションも同じところがあるんですよね。

黒沢 何が正解なのかはわかりませんが、変える必要のないところを全く変えずに同じにしたらどうなるのかと、一つの楽しい実験のようではありました。