Dec 09, 2023 interview

戸田彬弘 監督が語る 『市子』は人それぞれの立場から多面的に見ることで、舞台と映画 異なるアプローチなのに同じようなニュアンスの作品にできた

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恋人の長谷川義則からプロポーズを受けた市子は、その翌日に突然失踪する。さらには、彼女を追って刑事がやってくる。彼女を探してこれまで関わりのあった人々を訪ねていくと、これまで知らなかった衝撃的な事実が浮かび上がってくる。なぜ、彼女はこのような人生を歩まなければならなかったのか ——

原作は、監督の戸田彬弘が主宰する劇団チーズtheater旗揚げ公演作品「川辺市⼦のために」。舞台と同じく戸田監督が自ら脚本も執筆する。過酷な家庭環境で育ちながらも、「生きること」を諦めなかった川辺市子に杉咲花、恋人・長谷川を若葉竜也が演じる。

予告編制作会社バカ・ザ・バッカ代表の池ノ辺直子が映画大好きな業界の人たちと語り合う『映画は愛よ!』、今回は、『市子』の戸田彬弘監督に、本作品や舞台、そして映画への思いなどを伺いました。

舞台が映画になるまでの険しい道のり

池ノ辺 釜山国際映画祭や東京国際映画祭でも上映され、とても評判が良いと聞きました。映画祭はいかがでしたか。

戸田 釜山は本当に華やかで、世界的なスターの方々も来られていたようです。東京の方はレッドカーペットを歩くというよりすぐに呼び止められて取材を受けるので、なんだか取材会場に来たみたいな感じでした。でも日本なので落ち着いて参加できましたけど(笑)。

池ノ辺 『市子』は、作品の世界に引き込まれて、でもいろんなことを考えさせられた映画でした。今、あらためて思うのは、市子が生きること、生きるということの意味が、この映画で問われていることの一つなのかなと思ったのですが‥‥。

戸田 映画ではそれは使っていませんが、原作の戯曲で、市子の最後の叫びとして「生きることをやめられない」というセリフがあるんです。彼女が育った複雑な社会的背景など、さまざまなものがあって市子というキャラクターを作り上げていきました。おっしゃるように、それは一つの大きなテーマです。ただ、それだけではないところもあります。

簡単に他人のことを知ったつもりになっちゃいけないということもテーマですし、生きていく上での正しさとは何か、ということもそうです。人が生きていく中で、正しさだけでは計りきれないものが現実にはたくさんありますよね。市子がしたことは、「正しさ」というところから見れば決して正しくはないかもしれない、でもじゃあ、誰がその市子を断罪できるのか。そんなことも感じてもらえたらと考えていました。

池ノ辺 この作品は、舞台として作り上げたものを映画化していますが、どういった経緯で映像化されたんでしょうか。

戸田 2015年に「川辺市子のために」という題で、舞台で初演しました。その時、脚本賞をいただいたりして舞台として評価をいただいたんです。そして、これは別のプロデューサーの方からですが、映像化してはどうですか、という話もあったんです。でも、その時にはお断りしました。というのも、僕は演劇としてやることを前提に、その体裁で脚本を書いていましたから、これを映像化するとなれば全く違うものに変えなければならない。でもどう変えるのかというプランがその時の自分にはなかったんです。

2018年に、2015年の作品の再演と続編を一緒にやるという企画があって、その時には、この作品を映像化するとしたら、という一つのアイデアみたいなものが自分の中に生まれてきていて、そのタイミングで、今回のプロデューサーとなる亀山暢央さんから、一緒にこれを映画にしようと言われたんです。彼は初演も、再演も続編も見て、気に入ってくれていたみたいで。それじゃあやってみようかと、映像化に向けて動き出しました。映画用の脚本を書き始めたのは2019年です。

池ノ辺 どのくらいかかったんですか。

戸田 2019年の秋頃から書き始めて、最初は2021年の夏くらいには撮影に入ろうというスケジュール感で動いていました。ところが半年後にコロナ禍になって、撮影は1年遅らせようとなったんです。ですから脚本はさらにブラッシュアップすることができました。

池ノ辺 その時は、すでに主演は杉咲花さんに決まっていたんですか。

戸田 まだ全然決まっていない時です。まずはいい脚本を書くことで頭がいっぱいで、キャスティングは後から考えようという感じでした。今回の脚本は、最終的には24稿まで書いたんですが、大体17稿くらいになって、ようやく、これならオファーする方に読んでもらってもいいかなというくらいには整った形になりました。そこで誰に市子を任せようかとなった時に、杉咲さんの名前があがってきたんです。