Sep 01, 2023 interview

メアリー・ハロン監督が語る ダリの意外な晩年を描いた『ウェルカム トゥ ダリ』

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ロマンチックでひどい結婚、ダリとガラの絆

池ノ辺 この作品を拝見して、私は究極の愛、ラブストーリーなんじゃないかと思いました。

ハロン なるほど。とはいえ、彼らの結婚はロマンチックであると同時に酷いものでもありますけどね(笑)。私たちは、彼の晩年に関心を持ちましたが、同時にダリとガラの関係、つまり出会った頃、恋に落ちた頃の結婚の最初を振り返り、それを晩年とつなげて描きたいと思ったんです。

池ノ辺 ダリにとってのガラの存在はどういうものですか。

ハロン ガラというのは、もちろんダリの人生の中でもやはり中心的で重要な役割を果たしていたと思います。特にダリのアートにとってはそうです。ダリはガラに頼っていたし、それゆえに非常に辛い時期もありました。この映画の中でも描いていますが、ガラが若い恋人に夢中になってダリはそれに嫉妬します。いずれにせよ、彼らはお互いにどうしようもないほど結びつき、依存し合い、お互いなしではいられないという、そうした2人の複雑な関係というのも、この作品で描きたかったことです。

池ノ辺 ガラの怒りも、ダリへの愛情の表現の一つなのかなと思いました。

ハロン ダリは、「若い人は平和とか愛とか調和というけれど、怒りこそが芸術を作るんだ」と言っています。これは映画の中でも出てきます。そういう意味では、ダリは自らの芸術の創造の源、動機をガラに求めていたところがあるし、喧嘩をすることで創造的なエネルギーを得ていたんじゃないかと思います。

池ノ辺 ガラはものすごく激しい気性でダリを叱咤して絵を描かせますよね。

ハロン ガラの激しさの根底には、彼女がロシア革命を逃れた難民であったということがあると思います。故郷を追われ家族も何もかも失うという経験から、世界は恐ろしいところだと認識しています。そんな中でダリに出会い、彼女はダリのためにすべてを犠牲にします。ガラはダリに画家として生きてほしかったんですね。だから絵を描くこと以外、例えばホログラムをやりたいとか、パーティー三昧もすごく嫌がった。とにかく絵を描けと。

そして彼女は難民だったことから貧困に対しても非常に強い恐怖を抱いていて、そのあたりは裕福な家に育ったダリには理解できなかっただろうと思います。そしてダリには生活能力が欠けていましたから、その部分は全部ガラが支えていました。

池ノ辺 2人が出会って恋に落ちた頃と年老いてからと両方を描くことで、嫉妬や怒り、死への恐怖、若い頃とは違った愛情、そういったことが見えてきて、映画をさらに深くしていると感じました。

ハロン ダリは心気症気味のところがあって、些細なことを怖がったり不安に思ったりします。でもガラは、そんなことはお構いなしに彼を叱咤します。一方で、ダリのアーティストとしてのビジョンはとても力強いものでした。つまり、2人はそれぞれ別な部分で強みと弱みを持ち、そこからお互いに攻撃したり依存したりという複雑な力関係を織りなしていたのだと思います。

池ノ辺 興味深いですよね。では、最後の質問です。メアリー監督にとって、映画とはなんですか。

ハロン 私は、いわゆるシネマ、映画の時代に生まれ育ってきましたから、映画というのは暗い部屋の中で魔法のようにスクリーンの上に展開される夢の世界、そしてそれを他の人たちと一緒に観る、それが映画だと思っています。ただ、今の時代においては、別の世界に入り込めるのであれば、スクリーン上であろうとパソコンのディスプレイ上であろうと、私にとっては全てが映画だと思います。 

インタビュー / 池ノ辺直子
文・構成 / 佐々木尚絵

プロフィール
Mary Harron(メアリー・ハロン)

映画監督

1953年生まれ。インディペンデント映画史において、最も個性的な表現者の一人。1996年に『I SHOT ANDY WARHOL』で脚本家/監督デビューを果たし、インディペンデント・スピリット賞とロンドン映画批評家協会賞の作品賞にノミネートされる。続く『アメリカン・サイコ』(00)は公開当初は賛否両論を呼んだが、現在はカルト的な人気を誇る名作となっている。その後、『ベティ・ペイジ』(05)はベルリン国際映画祭とトロント国際映画祭で、『モスダイアリー』(11)はヴェネチア国際映画祭とトロント国際映画祭で、『チャーリー・セズ/マンソンの女たち』(18)はヴェネチア国際映画祭とトライベッカ映画祭でプレミア上映される。また、「ホミサイド/殺人捜査課」(97~98)、「OZ/オズ」(98)、「Lの世界」(04)、「シックス・フィート・アンダー」(05)、「ビッグ・ラブ」(06)、「ザ・フォロイング3-最終決戦-」(15)など、多くの人気TVシリーズで監督を務める。2018年にストックホルム国際映画祭特別功労賞を授与され、2019年にはヴェネチア国際映画祭の審査員を務めた。

作品情報
映画『ウェルカム トゥ ダリ』

1985年、20世紀を代表する偉大な芸術家<サルバドール・ダリ>が火事で重傷を負ったニュースを見たジェームスは、彼と過ごした奇想天外な日々を思い出していた。1974年ニューヨーク。画廊で働き始めたジェームスは、憧れの芸術家のダリと対面。そこで見たのは圧倒的なカリスマ性を放つダリと、彼に負けないオーラに包まれた妻・ガラだった。2人に気に入られ、ダリのアシスタントを務めることになったジェームスは、奇想天外なダリ・ランドの住人となり有頂天。そしてジェームスは画廊をクビになった後もそばで働き続け、さらに不思議で危うい〈ダリ・ランド〉の世界へと足を踏み入れていく。

監督:メアリー・ハロン 

出演:ベン・キングズレー、バルバラ・スコヴァ、クリストファー・ブライニー、ルパート・グレイヴス、アレクサンダー・ベイヤー、アンドレア・ペジック、スキ・ウォーターハウス 、エズラ・ミラー

配給:キノフィルムズ   

© 2022 SIR REEL LIMITED

2023年9月1日(金) ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国公開

公式サイト dali-movie.jp

池ノ辺直子

映像ディレクター。株式会社バカ・ザ・バッカ代表取締役社長
これまでに手がけた予告篇は、『ボディーガード』『フォレスト・ガンプ』『バック・トゥ・ザ・フューチャー シリーズ』『マディソン郡の橋』『トップガン』『羊たちの沈黙』『博士と彼女のセオリー』『シェイプ・オブ・ウォーター』『ノマドランド』『ザ・メニュー』『哀れなるものたち』ほか1100本以上。
著書に「映画は予告篇が面白い」(光文社刊)がある。 WOWOWプラス審議委員、 予告編上映カフェ「 Café WASUGAZEN」も運営もしている。
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