Apr 10, 2022 interview

柴山健次監督が『今はちょっと、ついてないだけ』で伝えたい本当に求める心の在り方とは

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嘘がない演技と編集

池ノ辺 作品で印象的だったのがコーヒーでした。コーヒーってやっぱり一息つくんですね。コーヒーを入れる音とか、みんなが香りにおーっと声をあげるとか、監督の演出のおかげで、登場人物と同じ目線で体験できたなって思いました。

柴山 コーヒーブレイクっていう言葉がありますよね。子供のとき、真冬にマラソン大会があってゴールしたところで、保護者のお母さん方から、紙コップでぜんざいをもらったんです。そのときに、ホッとして涙出てくるみたいな感覚がありました。温かいものを体に取り込むことに、緊張をほぐす力があると思うんですよ。それが劇中のコーヒーブレイクとつながるんじゃないかなと思って登場人物の距離感とお客さんの距離感を同じにして、追体験出来るよう意識しました。

池ノ辺 また役者さんたちも素晴らしかったですね。どんな演出をされたのですか?

柴山 皆さんプロの方々なので、演技がダメだって事はないんです。演出ということでいうと、あくまでも自分の持って行きたい方向から外れてないか、というチェックですね。基本的に、役者さんが持ってきたものを捉えることに集中しました。

例えば、僕が料理人だとして、調味料をいっぱい使って味付けをすると、万人受けするかもしれないですけど、素材を殺してしまう。やっぱり良い方々がそろったからには、素材ありきで作った方がお得です。役者から湧き上がるものを捉えた方が演技に嘘がない。無理やり味を変更しても違和感が残ってしまう。

ちなみに配役を考えた時に、今回一番最初に僕が思い描いたのは、寛子役の深川さんだったんです。そこから始めて他にどういう方が並ぶだろうっていうことをプロデューサーと一緒に考えました。

池ノ辺 なぜ、最初に「彼女だ!」と思ったんですか?

柴山 僕は深川さんが大好きなんです。どの小説を読んでも「深川さんにふさわしい役はないか?」と、いつもどこか頭の片隅にあるんですよね。それで、この企画を考えたとき、「この役だ!」って。深川さんの印象に、人を押し退けてまでするような自己アピールがなく、人を気遣う感じであったりとか、言いたいことを熟考するあいだに、誰かにいいところを取られてしまう感じとか、そういう不器用な部分があったので、原作に描かれている寛子の印象とピッタリじゃないかと。

池ノ辺 それって大事ですね。好きだというところから人って物事は始まるので。

柴山 よく監督がヒロインに恋していた方が良い作品になるってあるじゃないですか。あれって、当然だなって思うんですよ。OKを出す立場の人間は、その役者のいい瞬間を絶対に逃さないぞと思っていないといけない。僕は今回編集もやっていますけど、やっぱりこの人のこの瞬間が輝いているという確信があって繋いでいきます。その眼差し、そのものが映画になるんですから。