映画は自分の心を映す鏡
池ノ辺 ところで、深川監督はどうして映画監督になろうと思ったんですか?
深川 映画よりも、若い頃はテレビドラマをよく観ていたんです。
池ノ辺 その頃はどんなドラマを?
深川 『愛という名のもとに』『あすなろ白書』とか、『じゃじゃ馬ならし』とか、次の日に学校で話し合えるものを、こまめに見ていましたね。
池ノ辺 じゃあ最初は映画監督ではなく、テレビドラマの監督になろうと思ったんですか?
深川 実家の家業を継がなきゃいけないんだろうなという感覚でいました。だから映像を作ろうと思ったことはなかったんですよ。
池ノ辺 どこかの時点で家業を継がないことに決めたわけですか。
深川 遅れてきた反抗期だったと思うんですが、両親に実家の家業を継ぎたくないって言っちゃって。それで、当時つきあっていた女の子が、映画好きだったんです。
池ノ辺 そこで映画との接点が出来たんですね!
深川 実家は千葉だったんですけど、彼女がミニシアター系の映画をよく観ていたので、引きずられて一緒に東京の映画館へ行ってました。
池ノ辺 監督が若い頃はミニシアターが流行っていましたものね。そこから映画の専門学校に入ろうと?
深川 その子によく思われたかったのか(笑)、映画の専門学校に入ろうかなと言ったら、「良いんじゃない」と言ってくれて。じゃあ入ってみようと(笑)。それがきっかけです。
池ノ辺 じゃあ、その彼女に出逢わなければ、映画監督になっていない?
深川 なっていないと思います。
池ノ辺 本当に人生が人との出逢いですね。監督になろうと思ったのは学校に入ってからですか?
深川 僕は録音技師になれたら良いなと思っていました。
池ノ辺 録音技師に? どうしてですか。
深川 彼女と観た映画に、『リスボン物語』というヴィム・ヴェンダースの映画があって、録音技師が主人公だったんです。それを観て、映画の録音技師って良いなと思えて。卒業後は録音に絡んだ仕事をしたいと思っていました。
池ノ辺 そこからどうして監督に方向転換したんですか?
深川 専門学校の授業の中で、みんなで企画を出して脚本を書くプロセスがあったんですが、それをやっているうちに、僕が提出した企画が面白いと言われて。それで自主制作で撮ってみたら、すごく幸せだったんですよ。
池ノ辺 幸せだった! 映画を撮る幸福感を味わってしまったんですね(笑)。
深川 楽しかった。あれほど楽しかった現場は、僕はその後、まだ味わっていないような気がします。電気が自分の身体を走るぐらいの幸福感、高揚感、アドレナリンが出まくってたんですよ。
池ノ辺 今も映画を作るのが止められないのは、その気分を味わうためかもしれませんね。
深川 それでのめりこんで、もう1本作ってみたいとやり続けていたのが自主映画の時代で。それを観たプロデューサーのなかで、僕に1本作らせてみたいという方がいらして、それでプロに引っ張り上げてもらったという形になります。
池ノ辺 そうなんですね。では、最後にうかがいたいのですが、監督にとって映画ってなんですか?
深川 鏡ですかね。
池ノ辺 鏡?
深川 自分を映すだけの鏡じゃなくて、自分が生きていく上でいろんな教えをしてくれる鏡。歳を取ると同じ景色を見ても、違って見えてくるということを経験し始めていて。
池ノ辺 それは今日言われていた恋愛映画を撮る感覚が10年前と変化したお話にも通じますよね。
深川 辛い時に映画を観るんですけど、それはスクリーンを見ているようで、自分の心を見ていたりするのかなと。映画を見ている時間は、自分と向き合う時間になっているんだろうなと思います。
池ノ辺 1年後、10年後に監督が作る映画はまた違って見えてくるんでしょうね。これからも楽しみにしています。
インタビュー / 池ノ辺直子
文・構成 / 吉田伊知郎
写真 / 吉田周平
監督
1976年、千葉県生まれ。2005 年に『狼少女』で劇場用長編映画監督デビュー。主な監督作は『60歳のラブレター』(09)、『半分の月がのぼる空』(10)、『白夜行』(11)、『神様のカルテ』(11)、『トワイライトささらさや』(14)、『そらのレストラン』(19)。また、テレビドラマでは「偽装の夫婦」(15)、「破獄」(17)、「赤ひげ」(17)、「僕とシッポと神楽坂」(18)、「手紙」(18)など 30 本以上に及ぶ。
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